ごうちゃんの「照らすこころ」      
ごうちゃんの「照らすこころ」

このコーナーは、毎月第2火曜日のこの時間照泰仏堂の幡司剛成(はたしたかのり)さんを迎えて仏具店として人を心を大切に接客してきた中で考え方や人生を楽しく生きる「気付き」や「きっかけ」をお聴きいただいているリスナーと共有していきたいと思っています。


様々な方をゲストに1つのテーマを約20分・ポッドキャスト毎週配信します。また、3ヵ月に1度 総集編の1時間番組をラジオで放送。現代社会での心の在り方をお題を通してリスナーに届けます。意の如く…思いのままに、生きていく。

意の如くサイトはこちらから

  •   「ハンカチを持つと出会いは変わる。」について<タップで内容表示>
             

    【ハンカチを持つと出会いは変わる。】

    いいハンカチ持った方がいいかなと思うんですけど。僕はね、ハンカチを持つことなんかまずなかったんですよ。

    うちの母親もあの生前ハンカチを持ちなさい。ハンカチを持ちなさいっていう風によく言われたんですけども。ハンカチを持つっていうことが、いわゆるアイテムですね。このアイテムを持つことによって「品」っていうもの自体も出てくるので、そこをね、僕もあの去年の 10 月ぐらいからですかね、もう品というものを意識しないといけないんだなと思いながら。

    人を見てたりとか出会う人っていうか、今までとこう成長人間ってするじゃないですか。その時にどう成長したらいいのかなっていう形を考えてると、やっぱり僕の中で品っていうものが少しかけてるんじゃないかなと思ったりとかしたんですよね。

    品って難しいですよね。なんか自分で頑張ってつけられるものでもないのかな。でも、何も意識しなかったら絶対身につかないなって。品がある人はやっぱり憧れます。僕もそうなんです。

    そこが憧れがあったから、ハンカチなんですね。お手洗いから出てる時にハンカチで手を拭くたりとか、ちょっとした姿でハンカチを出すとか。そうするとね、出会いっていうのが、周波数とか色々あるじゃないですか。ハンカチを持つっていう意識が、やっぱりハンカチを持つような人たちと出会うような形。そうなってくるとね、今までの考え方じゃ出会わない人たちと出会うような形になったんで。

    色々ね、ジャケット着たりとかもして。マイ靴ベラっていうのも持ってた。

    持ち物を無意識に持つんじゃなくっていいものを持つ。自分が心地いいと思えるものを持つ。これを持つことによって自分がどう変わっていくんだろうかなっていう風なものを持ってるような状態です。

    背筋が伸びたりとか、やっぱ歩き方が変わったりとか、こういう風に変わってくるんだなってことを実感してるので。今後どういう風に自分が変わっていくのかっていう楽しみにもなってきます。

    ジャケット着なくていいんですけど、基本的にね。僕もね、20数年前は着てたんですよ、スーツを。ちゃんとしないといけない。

    お店をですね、25年前に店舗立て返させてもらってたら。前の店舗のイメージだったら、田んぼ帰りで来れるような方とかもね、来れたんですけど、店舗を立て替えたことによって入りにくくなったって、言われたんですよ。で、その入りにくくなったから、服装をラフにしないといけないなと思って、ラフにするにしてするようしたんです。もうそっから始めないといけないな。

    そん時はそうしてたんですけど、その時はまだ時代的にはね、物が売れる時代だったんですね。物が売れなくなってくる時代になってくると、そのこっちの意識も変えていかないといけないですよね。

    どっから変えていくかってなってくると、気持ち的にもそうなんですけど、やっぱり見た目から変えていかないといけないていう状況も来るんですね。それなりにこっちをするとお客さんにとっても安心感っていうのも、見た目から目で見て生きる生き物なので人間って。ですから、この人だったら安心できるっていう風な目で見た時に感じてもらう。この人に任しとけば大丈夫って思ってもらえるのどうするかってこと。持ってるものとか、着てるものによっても変わるんじゃないかなっていう。

    それは意識してると見てても違和感ないと思う。こうじゃらじゃらしたりとすると、服装とかに負けてる場合もあるかもわからないですけども、どういう風に相手にとって自分がどういう風にいた方がいいのかなっていうので、1 つこういう形。

    変わってきてるんで、僕は実感してますから。よかった皆さん是非。

    僕、今年もその中で抱負っていうものをね、掲げてるんですけど。「粋」「品」「美」ですね。

    この粋っていうのもね、いきな心。品っていうのは先ほど言った意識。美っていうのは行動ですね。この3つを意識したのを今年1年は意識するぞと。その粋な生き方をしてたら、なんて言うんですかね?厄がないって言われるんですよ。

    なぜかって言うと粋という漢字があるじゃないですか。米に九と十って書くじゃないですか。米って88って書くね。

    で、90じゃないですか?で、間は 89 じゃないですか?その89はないじゃないですか。厄がない。

    だから、粋な生き方をすると厄がないっていう風に言われてるので。そこを考えた意識変わってくるんじゃないかなと思う。皆さんも粋に生きて品を持って美しく暮らしていきましょう。2026年厄がこれでないですよ。

        
  •   「仏壇の話」について<タップで内容表示>
             

    【仏壇の話】

    僕思ったんですけど、もう 1 年させていただきました。あの、仏壇の話って仏壇屋なのにしてなかったなと思って。

    年末にかけて皆さん掃除をされると思うんですね。神棚だったりとか仏壇もね、含めて家の掃除もすると思うんですけど、仏壇で、掃除をしながら皆さんちょっと思ってほしいなと。何のためにあるのかなと。

    答えとしたら自分のためにあるっていうのが本来なんですけど。

    色々とこう思うことがあって、まず作りですね。昔ながらの仏壇っていうのはね、お寺さんの本堂の作りが仏壇となってます。

    中に網戸があって、フローリングに合うような仏壇っていうのが、今ほとんど、主流なんですけど、岡山県では、9 割型以上がそっちの物なんですけど、昔ながらの仏壇ってね、1度買うと 30 年 50 年って持ちますから、仏壇っていうのは、お寺が小さく家に入ったよと。

    1つ1つ道具も重たかったりとか、こっちを向いたりとかしてるので、なぜこっちを向いてるかなんですよね。

    例えばお花ですね。 お花ってこっち向いてますよね。

    綺麗な気持ちになって手を合わせましょうなんです。香りがありますよね。この香りで気持ちをつかせて手を合わせましょう。

    全ては、向こうの世界を表してるので、それの鏡なんですね。

    だから、こっちとそっちが汚れてると、自分の心も汚れてるような形に見えてきたりするので、綺麗にするっていうことが 1番大事なんですよね。

    日頃の生活もね、そこに反映してくると思う。例えば、頂いたものを先に。昔だったら仏さん神さんに先にどうぞって。これは与えるが先です。

    先にどうぞっていうのが、特に日本人ね、お先にどうぞっていうのが本来。忘れないためにこうさしてもらってるんですよね。普段から接してることによって、忘れがちなことを人間って、視覚で判断する生き物なので。

    常にお仏壇に手を合わせるっていう習慣をつけとけば、そういったことっていうのを忘れないようにさせられてるんですよね。

    手を合わせる時でも、どんな気持ちで合わせますか?

             

    感謝の気持ちを伝えるのが1番。宗派にもよるんですけども、仏さんがあって、ご先祖さんですね、あって、1日の始まりにですね、手を合わせる。感謝から始まって感謝で終わる。

             

    この感謝の気持ちを伝えることによって誰が1番喜びますかって話です。

             

    これは、色んな意味でいろんなことあると思います。皆さんね、色々ことあるんですけど。とりあえず、言葉にしてありがとうございます。

             

    ありがとうっていうのを先祖さんに伝えるってことが1番大事なんです。そしたら1番喜ぶのは、多分先祖さんだと思う。

             

    先祖さんが上から見てるといつも思うんですよ。もし僕が向こうの世界に行って、上から見た時に子供たちにありがとうっていうと、めちゃくちゃ多分踊ってると思うんすよね。多分ダンスしてると思うんですよ。嬉しすぎて、それをまた今度返そうと思う気持ちになると思うんですね。

             

    だから、その気持ちのやり取りが繰り返し、繰り返し必要だっていうことを、それも教えられてると思うので。

             

    よく皆さん願い事を言ったりとか。そうです。神様と一緒でよくあるんですよ、皆さん。

             

    病気が治りますようにとか。受験が受かりますようにとか、いろんなことなんですけど。1日1日で、揉め事がおらないようにとかあるんですけど。お願い事は本当はね、よくない。

             

    感謝の気持ちからのスタートなので、今日もとりあえず過ごせたことがありがたい。ということからスタート。そこから一気に良くはならないので。そういうところからのスタートっていうのも教えてくれてるので。

             

    掃除をしながらね、これから、物とか重たいもの持って仏具ですね。これもゆっくりね、両手で持ったりとかして、丁寧に扱うんだよってことを、雑に扱うことが多いと思うのでね。そういうことも教えてもらってるかなと。

             

    当たり前じゃないんだなって

             

    なんからそういう形が、皆さん気づいて1つずつステップアップしていくんだろうなとは、思ってるので、そのために仏壇屋で仏壇を売ってる立場なので、そういう風に思ってます。

             

    どうしても今、処分したいんですって方がいらっしゃってて、それぞれなんです。皆さん処分の仕方も、簡単に考えてらっしゃる方もいらっしゃれば、きっちりしたいっていう方もいらっしゃったりとかしてるので。それぞれにあったアドバイスをさせてもらいながら引き取りをさせてもらって、引き取りだけじゃなくて、引き取りに行く先が、誰も住んでない家なので空き家なんですね。そしたらね、売れるものいっぱいあるんですよ。

             

    これも皆さん買い取り業者に来てもらいましたって、もっと売れるものっていっぱいあるんですよ。これ僕もね、専門の方知ってて、これも買い取りできますよって言ったら、仏壇を処分するのにやっぱり費用がかかるので、それが引き取り費用に当てれるぐらいになるんですよ。

             

    結構、相談いただいたとき、びっくりされるんですけどで、それで買い取りしてもらって、そこに当ててもらったりとか。片付けも全部さしてもらったりとか。そこの家の売買まで行けるようにっていうのは、考えてますんで。

             

    実際にそういうご相談もあります。実績も積み重ねてきてますから。困ったことがあったら是非相談いただけたらなと思います。

             

    アドバイスは色々できますし、今皆さん抱えてる問題っていうのは、それぞれなので。僕は、こう見えても27年この業界にいますから。ラジオだから見えないですね。経験は色々ありますから、その人にあったやり方をあのアドバイスできます。

             

    今、AIに相談する人も多いって言いますけど、AIで聞いていただいてもいいですけども、本当にね、状況に応じて全然違うので、その状況教えてもらえれば、的確に言えるかなと思います。

             

    是非ご来店ください。ただ出かけていることもありますので1度お店にご連絡ください。

        
  •   「予祝(よしゅく)」について<タップで内容表示>
             

    【予祝(よしゅく)】

    「予祝(よしゅく)」というものをね。前祝でね。なぜ僕今日お話ししたいかって言うと、これからやっぱ受験シーズンだったりとか、採用試験があったりとかすると、これを取り入れたらすごくいいんじゃないかなと。これから試験に望もうとされてる方なんかは、是非、取り入れてほしいなと思って。予祝は、先に祝うてことなんですけども。

             

    日本古来からありまして、例えば、お花見とか。お花見はね、秋の宝、お米。桜の木を、稲を見立ってて、祝う。先に豊作になったよっていうのがお花見なんです。

             

    昔からそういうことがあるからやっぱり取り入れた方がね。こういうのは絶対いいので、先に祝うっていうね。先にするっていうのが1番。

             

    これはね、やり方っていうのもあって、事例で言うと僕も体験してるんですよ。

             

    子供の時に体験してるんですけども、僕あの野球をずっとやってきてまして、子供の時からね、うちの母がね、「あんたは甲子園行けるよ」ってずっと言ってきたことがあって、で、僕はもう子供の時からずっと、甲子園に行く前に、県予選で優勝するとマウンドに上がってみんな喜ぶじゃないですか。もうあれをずっとイメージしてたんですよ。

             

    だから、それをずっとイメージして絶対甲子園に行ける!僕上手じゃなかったですけど。野球そんなに。もうレギュラーにもなれるかどうで、ちょうどレギュラーならさせてもらって。でもイメージだけはずっとしてたのでプレイしてるのもずっとイメージがあったから。1回も行けないと疑ったことがなくて。

             

    経験してるから腹落ちしてるので。実質的にはやり方っていうのは、まずその想像ですね。 成功したと。こうなりたい。受験とかでも、ここの高校に受かりたいと。この職場に着きたいっていうのをもうイメージをすごくするんですね。

             

    イメージをしてそれを感情に浸るんですね。受かったとかすごく感情に浸って、「あぁよかった」っていう風に、そこにプラスアルファで感謝っていう気持ちを持ってくるんですよ。

             

    受かってありがたい。ありがたいけども、じゃこれ誰のために?何のためにやったか?っていうのを感謝にかえていくんですね。

             

    それがすごく感情として乗っかってくるんですね。書くって自分がどういう風になったかってことを先に書くんですね。書いて、それで感謝の気持ちですね。感謝の気持ちは、誰に伝えたいか?っていうのも書くんですね。

             

    そちらの方がもう用意されてるっていうか。その現状が現実が、自分にこう辿っていって、もう現実を用意あるところにアクセスするっていう形になってくるですね。

             

    高校入試でも、大学入試でも中学受験でも、合格して「やった」っていう気持ちと当日見るであろう風景を書いて、さらに、今まで支えてくれてありがとうっていう感謝の気持ちを書けばパーフェクト。

             

    でも疑いを思ったらだめですよ。そこに疑いだったりとか、不安を持つとやっぱり。

             

    多分、これは難しいと思う。だから、書くってことを。これは習慣つけないといけないですね。

             

    毎日僕も日記つけてるんですけど、やっぱり将来的にどうなるかってことは書いて、習慣づけて、脳価科学で言うと、脳を騙すっていう形になってくるので。脳と心と、体というか行動が一致しないとはい。

             

    どうしても、受験でも落ちてしまったとか、採用試験受からなかったって方も多分いらっしゃると思う。

             

    その時に予定調和っていう、起こるべくして起きることなので、実質的には一生懸命頑張ってそこに望んだけども結果がダメだった。そっちの方向が最善だよっていう知らせなんですね。

             

    自分が頑張って、頑張って。そこはダメだったけど、実は、あなたにとってベストな道じゃなかったんですよっていうことなんですね。

             

    なんでこっちだったんだろうか?って言って不満を持つんじゃなくて。

             

    こっちが良かったんだっていう風に切り替えた方が、さらに大きな出来事の方に、導いてくださると思うので。自然の流れに任せるっていうのもそういう形だと思うので。出た結果は予定調和なので、今自分にとって最善なことなので。だからとりあえずやることはやる。

             

    で、やってみて自分が違った方向だったらそれが最善。

             

    受験とか会場行く時とか面接とかある時にはどんな感覚で入ったらいがいいか?って言われてるのが、コンビニに入る感覚が1番いいよ。

             

    普段通り何も考えずに、フラっと入って、フラッとやるっていうのが1番受かりやすいって言われてる。その感情になれるように、それまでちょっとこう努力というか、一生懸命やっといて。で、やる時に本番は、何も考えずとりあえずやる。

             

    で、出た結果は今の最善の結果なので。予祝から始まり予定調和。これもプラスの方向ですね。

             

    お仏壇どういう風に処分したらいいんですか?っていうことの問い合わせが多いんですね。お仏壇は、あの生活スタイルに合わなくなったとしても処分しにくいです。心情として。

             

    皆さん引っかかってるので、僕ら専門家の方に聞きにくるんですけど、その皆さんの状況に応じて全然違うので、状況教えてもらえれば、皆さんの心情と、納得できるやり方で、僕たがもうアドバイスしたりしてますね。引き取って行ってる中で、その空屋で、皆さんその荷物の整理をしないといけないっていう状況に。遺品整理もさせてもらってるんですけど、片付けで、売れるものってたくさんあるんですよ。

             

    だから、気をつけていただきたいのが、やっぱり処分に渡してしまうと、中にはそれを売られる方もいらっしゃるから。まずは自分で売れるっていうことを知っといてほしいなと。それからいらないものだけ処分するっていう形に。

             

    家の解体だったりとか、相続の関係だったりとか、不動産の売却もサポートを専門家の方にお願いしています。そういうサポートもさせただいてます。本当に、皆さんがどこから手をつけていいかわからない状況だったり、お任せくださいって言ったら、皆さん安心してくださるので。

        
  •   ペットの最期を迎えた時にどうしたらいいの?について<タップで内容表示>
             

    【ペットの最期を迎えた時にどうしたらいいの?】

    皆さん、多くの方が、ワンちゃんや猫ちゃん飼われと思うんですけども、先月も「ひろがるわっかマルシェ」っていう、マルシにも参加させてもらって、やっぱりペットという、意識が皆さんね、今すごく大事にされてますし、そういった中でね、最期を迎えた時にどうしたらいいの?っていう相談ってのは、結構あったりするんです。

    私は、まず何よりもやっぱり一緒にお墓に入りたいって思うんですけど、それはできないんですよね?

    できないことはないです。今の時代だから。

    仏教の世界で言うとダメですね。住む世界が違うそうです。

    今は、色々と多様化はされてますから、いろんな考えはあってはいいなとは思うんですけど、まず仏教の世界で言うと、住む世界が違う。本当にこう家族同然ですから、そういう仏教が分からない方にとっては、なかなか取り入れにくいとこかなと思うんですけど。

    畜生界っていう、色々“界”があって、それを経て人間っていう形がなっていくんですけど、だから、昔で言うと一緒にしたらだめ。でも今は、一緒にっていうのはあるんですけど。ただ、1つはですね、お骨には執着はあんまりしない方がいいんじゃないか。

    人間も一緒でペットも一緒。

    お骨ってのは大事です。泣き柄ですから。だから、お墓だったりとか、今いろんなところに納めるっていうのはね。いろんなところがあるので。お寺だったり、民間の積材店がやってるところだったりとか、またと行政がやってる部分。場所ってのはお墓だけじゃなくていろんなとこがあるのでいいんですけども。人間と一緒で執着をしてはだめ。

    そこに執着してしまうと、どうしてもまだいて欲しいっていう、気持ちに引きずってしまうような状態になると思うので。

    いてくれたらとか、思うとなかなか向こうの世界に、逝って新しい世界に行こうとしてるのにこっちの気持ちで引っ張っていいかと。納得するって、1番。シンプルなんですけど、感謝を伝えてあげるってことだと思う。

    例えば、お墓とかどっかに納めてる場所だったら会いに行くっていう形を取ってあげる。

    今、ペットだったらよくあるのが、お骨をその後どうしたらいいんですかって。お骨どうしますか?っていう確認みたいなのがあったような気がします。そうですね。それを持って帰えられました。どうされました?

    私持って帰らなかったんですよ。というのがその前に一緒に住んでた猫が死んだ時は、私その場にいなかったんですけど、もうあの両親が先に出していて、その時持って帰らなかったんですね、お骨。次の猫が死んだ時も差をつけちゃいけないと思って、一緒にしたいから。親としては持って帰りたかったみたいなんですが、私はその1番最初に飼った猫と一緒がいいって言って、もう持って帰らないって。

    多分ね、そういうのが1番いいかも。動物はね、寂しくないようにしてあげるってことも1番だから、市によって違うと思うんですけど、そこに持っていって火葬したらみんな一緒になるので、寂しくないっていうのが1番かな。

    ただ、中には持って帰りたいって方もいらっしゃって、その時やっぱり大事な家族ですから。年数が経つとですね、人間と一緒のそのお墓に入れられないから。後からですね、どうしようかっていう相談もあったりするんですよね。

    そうなってくると、今はいろんなことがあるんで、お寺さんとかも今、新しくされてるとこもあります。お寺さんは基本的には動物とっていうのはそのあんまりね。奉らないっていうのもあったりするんですけど、でも、今のご時世ですから新しくその納骨場所っていうの作ったりとかされてるとこもあるので。

    土に返してあげるってことはいいですけど。これ別で用意したいっていう方いらっしゃる。ペット用仏壇っていうのたくさんあるので今。

    だからそれを、用意した方がいいのか、用意しない方がいいのか。

    これは、感情的に、どうしても気持ちを引っ張ってあげられると、寂しいのは当然そうです。悲しいのは当然そうなんですけど、いて欲しいっていう気持ちをずっと持つと、やっぱり別れがたいという。

    こっちからの愛情でいいところで生まれ変わってね。っていう愛情をどう投げれるかだと思うんですね。そのためには、本当はない方がいいかなと思います。ごめんなさい。うちペットの仏壇も売ってるんですけど。売上にだいぶ影響するけれど。

    でも本来はない方がいい。だったら写真とか置いて、軽く手合わせるとか。そこで感謝を伝えてあげたりとか、日常生活あったことを報告してあげるとか。それぐらいが多分 1 番いいのかな。

    ペットとの別れは本当に辛くって、なんか嫌な思い出がないじゃないですか。怒られたとか、腹が立ったとか。だから本当に辛くて泣いてばっかりだったんですよね。多分皆さんそうだと思うんですけど。それで執着することで、その一緒に暮らしてたらペット(家族)が新しい世界に行けないのであれば、私は、ペット(家族)のために、執着を切れますよ。ああ、すごい愛情深いですね、それ。 深いです。間違いない。

    自分の捉え方なのか、相手を思うのかっていうのが多分教えてもらってるんじゃないかなと思います。

    よく言われてるのがワンちゃんは、人間を癒しすために生まれ来ると。猫ちゃんは人間を守るために来るっていう言われたりとかしてるらしいんですね。

    なんかそう考えるとなんかすごく愛しいじゃないですか。命も早いじゃないですか、人間からしたら。

    それを命を持って教えてもらえることっていうのが、そういうことだと思うので。

    人生それだけ短い時間でも一緒にいて最期を見送ってあげることで、そう1つの整理をするっていうことを育ったりとか一緒に生きてきたことを、思い出して、これからの糧に変えるとか。そういう風にプラスの方に変えていくの方が、絶対苦にはならないと思うので、だから、形じゃないと思います。

        
  •   なぜ、人って生まれてきたのか。
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    【なぜ、人って生まれてきたのか】

    先月から「ちょうど良かったと思える照泰仏堂」とご紹介しています。
    肉離れが教えてくれたギフト
    今回の「ちょうど良かった」は、なんと肉離れです。

    8月、小学3年生の息子と中学1年生の娘と徒競走をしたときのこと。
    ハンデをあげて「いっせーのせ!」で走り出した2・3歩目、私の足から「パチーン!」と音が響きました。
    その場に崩れ落ち、そこから1週間の自宅療養が始まったのです。
    一見、散々な出来事ですが、これがごうちゃんにとっては大きな気づきの時間となりました。

    1.「当たり前」の中にあった、妻のありがたみ
    動けなくなって初めて、妻がかいがいしく世話をしてくれること、ご飯が出てくること、日常生活を支えてくれることが、どれほど尊いか。
    心から「腹落ち」して感謝することができました。

    2.体を動かすことは、心を動かすこと
    じっとしていると、本を読む気力さえ湧いてこないことに気づきました。
    人間、体を動かすからこそ「やる気」や「気力」が生まれるのです。
    悩みがあるときに「走りなさい」と言われる理由が、身をもって分かりました。

    3.「任せる」という安心感
    走り続けてきた小さな会社のトップにとって、現場を離れるのは勇気がいることです。
    しかし、動けない状況になったことで、スタッフに「任せる」ことができました。
    そこで得られた安心感は、これからの会社にとっても大きな収穫でした。
    大きなことが起こる前に、体が「休め」と知らせてくれた。
    まさに、ちょうど良いタイミングでの休息だったのです。

    人はなぜ生まれてきたのか?——魂の光を輝かせる旅
    仕事柄、常に「生と死」に向き合っているごうちゃんですが、今回の療養中に改めて考えたことがあります。

    それは、「なぜ、人は生まれてきたのか」ということです。

    因果を解消し、光を放つ
    私たちは、前世から持ち越した課題や「因果」を解消するために、今世を生きているのかもしれません。
    何度も同じような苦労や怪我が重なるとき、それは「気づきなさいよ」という魂からのメッセージです。
    一つひとつ、目の前の出来事を受け入れ、解消していく。
    そうすることで、心の中にある「小さな光」はより一層輝きを増していきます。

    人生の目的は、シンプルでいい
    私が辿り着いた答えはとてもシンプルです。

    「人間は、楽しく生きるため、そして人に優しくするために生まれてきた」。

    例えば、私は子供の頃にドアに指を挟んで小指の先を失いました。
    でもその時、「手を縦にしていたから小指だけで済んだ。
    「野球もできたし、人の痛みもわかるようになった」と、プラスの方向に腑に落とすことができました。
    そう思えた瞬間、人生はより良き方向へと動き出します。

    お彼岸に寄せて:今の自分を見つめる時間
    9月はお彼岸の月です。

    向こうの世界(彼岸)と、こちらの世界(此岸)がつながるこの時期。
    普段は先祖のことや死生観に興味がない方も、少しだけ「自分はどう生きたいか」を意識してみませんか?

    今、辛い状況にいる方も、それはあなたがより輝くための「試練」かもしれません。
    人生の最後にガッツポーズをして、「楽しかった!また来世!」と言えるように。
    浮き沈みがあっても、それさえも楽しみながら進んでいきましょう。

        
  • 浮遊霊っていると思います?
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    【浮遊霊っていると思います?】

    8月12日、母の命日に想う「最後の手向け」
    今日、8月12日はごうちゃんのお母様の命日です。

    「あんたは仕事しとかなかんよ」――生前、お母様とよく交わしていた言葉通り、ごうちゃんは今日もいつも通りお仕事をされています。
    実はごうちゃん、子供の頃から「母の死」が何よりも怖かったそうです。

    お母様が病に倒れ、亡くなるまでの23日間。
    怖くて4回しか会いに行けなかった。
    でも、それはお母様も分かっていたはず。
    忙しいお盆の時期に旅立ったのも、「悲しむ暇もないほど仕事をさせてあげよう」という、お母様なりの最後の愛情だったのかもしれません。

    5年間で5回、夢に現れた母からのメッセージ
    亡くなってからの5年間、お母様は5回夢に出てきてくれました。
    その内容は、ごうちゃんの成長に合わせたものでした。

    1回目:黄金の杖を持ち、光り輝く姿で。「生き返った!」と喜ぶごうちゃんに笑顔を見せる。
    2回目:闘病の苦しみから解放され、「楽になったわ!」と晴れやかな顔で。
    3回目:コロナ禍で会社が大変な時。「私の(苦労した)気持ち、分かった?」と問いかける。
    4回目:大学の教室で。「あんた誰?」と。それは「もう私がいなくても、あなたは大丈夫よ」という自立を促すサイン。
    5回目(最近):「2027年から良くなるから」という予言のような力強い言葉。

    「先祖は答えは教えないけれど、ヒントはくれる」。
    そのヒントを喜びと感謝で受け取ることが、私たちの器を広げてくれるのですね。

    お盆の過ごし方:近くに感じること、そして感謝
    お盆は、ご先祖様を「近くに感じる」ことが何よりの供養です。

    「浮遊霊」にならない生き方
    自分が死んだことに気づかず立ち止まってしまうのが浮遊霊だと言われます。

    そうならないためには、日頃から「死」を見据え、周りに感謝を伝え、思いやりを持って生きること。
    その積み重ねが、最後を穏やかに迎え、迷わずあちらの世界へ進む力になります。

    夏のお供え、無理は禁物
    この暑さで「生花がすぐに枯れてしまう」という悩み、多いですよね。
    ごうちゃんは「造花でも大丈夫ですよ」と優しくアドバイスします。

    お仏壇のお花がこちら(自分)を向いているのは、綺麗な花を見て「綺麗な気持ちで手を合わせる」ため。
    線香も、自分の心を落ち着かせるためのものです。

    「〜しなければならない」という執着で心を苦しめるより、今の自分に「ちょうど良い」形で、感謝の気持ちを伝えることを優先しましょう。

    最後に:8月を「顔晴(がんば)」って乗り越えよう
    「頑張る」を、顔が晴れやかになると書いて「顔晴(がんば)る」。

    自分の体を大切にしながら、この夏を笑顔で乗り越えていきましょう。
    不安なことや、ちょっと話を聞いてほしいことがあれば、いつでもお店を訪ねてください。
    ごうちゃんが温かく迎えてくれます(※お出かけの際は、事前にお電話をいただけると確実です)。
    秋の気配と共に、また新しい「ちょうど良かった」をお届けします。

        
  • 「感謝ができない」ときには
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    【「感謝ができない」ときには】

    1日の始まりを「感謝」でデザインする
    ごうちゃんの心の掃除は、毎朝の「心臓さん、ありがとう」から始まります。

    朝起きて、スマホを手に取る前に、まずは休まず動いてくれている内臓に感謝する。
    1日の最初に何を感じ、何を見るかが、その日全体の心の整理に繋がります。
    「目覚めが最高に気持ちいいですよ」というごうちゃん流のモーニングルーティン、明日から真似してみたくなりますね。

    感謝ができない時は「無理しなくていい」
    例えば「親に感謝できない」という悩み。
    ごうちゃんの答えは、意外にも「無理して感謝しなくていい」というものでした。

    言葉が先、心は後。
    お釈迦様の教えにも「最初に言葉ありき」とあります。

    「ありがとう」という心がないのに無理に感謝しようとすると、自分を押し殺して苦しくなってしまいます。
    まずは心を通わせる必要はありません。
    ただ、「ありがとう」という「言葉」だけを発してみる。
    心は後からついてくるものです。

    相手ではなく「気づき」に感謝する
    苦手な相手や、確執のある親に直接感謝するのは難しいものです。
    そんな時は、相手そのものではなく、「その人を通して得た気づき」に目を向けてみましょう。
    「あんな風になったらダメなんだな」と教えてくれたことに、ありがとう。

    反面教師として、自分の振る舞いを見直すきっかけをくれたことに、ありがとう。
    自分を変えれば、鏡である相手も自然と変わっていく。
    まずは1日10個、道端の花やコンビニの店員さんなど、身近なところから「感謝の周波数」を合わせていくのがコツです。

    葬儀の本当の意味と「ちょうど良かった」の追求
    チラシに書かれた「どうして葬儀は高いの?」という直球の問い。

    ごうちゃんは、葬儀を「残された人のために、故人が死をもって生き方を教えてくれる場所」。

    葬儀は「自分自身の生き方」を見つめ直す場所
    故人を送り出す時、私たちは否応なしに考えさせられます。

    「自分がいなくなった時、周りにどんな感情を残したいか?」
    「『出会えて良かった』と思ってもらえる生き方ができているか?」
    葬儀での経験を自分の生活に落とし込み、これからの生き方を改める。
    そこに葬儀の本当の価値があります。

    納得できない支払いは「取られた」になる
    葬儀費用に対して不満が出る最大の理由は、知識がないまま業者のペースで進み、納得感がないまま支払うからです。

    納得して送り出せれば、金額が高くても「良かった」になりますが、そうでなければ「取られた」という感情が残ってしまいます。

    元気なうちに勉強しておく:制度(会員制度や互助会の積立など)を把握し、冷静に判断できる知識を持つことが大切です。

    「いらない」と言える強さを持つ:それが本当に故人のため、自分のためになるのか。自分の物差しでセレクトしましょう。

    「生活(いきかつ)セレクトアドバイザー」として
    ごうちゃんのコンセプトは、「ちょうど良かったと思える照泰仏堂」。
    お値段以上でも以下でもなく、ご自身が心から「納得」できる着地点を一緒に見つけること。
    それが「ちょうど良かった」という安心感に繋がります。

        
  • 「ご香典はいただいてください」について
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    【「ご香典はいただいてください」】

            

    最近の葬儀では、お返しの手間を考えて「香典辞退」をされる方が増えています。
    しかし、ごうちゃんはあえて「ご香典はいただいてあげてください」と提案します。
    そこには「めんどくさい」の先にある、大切な3つの意味がありました。

            

    1.「何かしてあげたい」という相手の気持ちを汲む
    生前お世話になった方々は、「最後になにか形にして届けたい」という強い想いを持っています。

            

    香典を断ってしまうと、その想いはお線香やお菓子、お花へと向かいます。
    しかし、お線香やお菓子も、度重なるとご遺族の負担になることも。
    お金という形は、渡す側も想いを託しやすく、受け取る側も葬儀費用の助けとして一番実用的な「愛の循環」なのです。

            

    2.リスト整理は「悲しみを癒やす作業」になる
    香典返しのリスト作りは確かに大変な作業です。

            

    しかし、四十九日までの間に「あの方は洗剤が助かるかな」「この家はお子さんが多いから海苔がいいかな」と相手の家族を想い、お返しを選ぶこと。
    この「没頭する作業」こそが、深い悲しみから少しずつ心を日常へと戻し、癒やしていくプロセスになっています。
    お返しという文化は、実は残された人の心を救うために作られた仕組みでもあるのです。

            

    3.経済的な安心感に繋げる
    現代の葬儀費用の相場は約120万円。

            

    家族葬が増えて単価は下がっていますが、それでも大きな負担です。
    香典をいただくことで、プラスアルファの供養ができたり、ご遺族の生活の助けになったりと、物理的な安心感にも繋がります。

            

    「生活(いきかつ)セレクトアドバイザー」として葬儀や仏事の悩みは、終わった後に「なぜこんなにかかったんだろう」と不満や後悔が残ってしまうケースが少なくありません。

            

    それは、元気なうちに知識を得る機会がなく、バタバタした中で業者のペースで決めてしまうから。
    ごうちゃんは、皆さんが置かれた状況の中で、何をセレクトすれば一番プラスになるかをアドバイスする「生活(いきかつ)セレクトアドバイザー」として活動しています。

            

    「分からない」を「安心」に変えるきっかけを、ブログやYouTube、そして店頭でも発信しています。
    一人で悩まず、ぜひ「ごうちゃん」を訪ねてみてください。

            

    最後に1月から始まったこのコーナーも半年が経ちました。

            

    「毎月楽しみにしてるよ」というリスナーさんの声が、ごうちゃんの何よりの活力になっています。
    本格的な夏を前に、また皆さんの心がふっと軽くなるお話をお届けします。

        
  • ごうちゃんが「気づいたこと」について
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    【ごうちゃんが「気づいたこと」】

    大切な人を「思い出す回数が減る」のは、最高の思いやり
    お母様が亡くなられて5年。
    最近、ふとお母様を思い出す回数が少なくなったことに気づいたごうちゃん。
    それは決して「忘れた」という冷たさではなく、実は「故人への深い思いやり」の形なのです。

    「次へ歩む」自然な流れ
    亡くなった方に対して「悲しい、苦しい」という想いを抱え続けてしまうと、故人もこの世に未練を残し、次のステージへ進みにくくなってしまうかもしれません。
    お互いが次の段階(輪廻転生)へ向かうためには、こちら側が「今」をしっかり歩むこと。
    その自然な流れこそが、故人を自由にし、安心させる「思いやり」になるのです。

    「念」とは「今」の「心」と書く
    「念」という漢字を分解すると、「今」と「心」になります。

    つまり、念とは「今、この瞬間の心」をどう保つかということです。
    未来への不安、過去への執着を捨てる 情報が溢れる現代では、どうしても先の心配をしたり、過去の後悔に囚われたりして心が不安定になりがちです。

    今を積み重ねる 今この瞬間に集中し、「自分がやるべきこと」「できること」を積み重ねていけば、未来も過去も関係ありません。その積み重ねの先に、自ずと道は開けていきます。

    夢や目標は「前」ではなく「真上」にある
    夢や目標を「目の前」にあると考えると、届かない時に焦りや不安が生まれます。
    しかし、「夢は自分の真上にある」と意識を変えてみてください。

    足元から積み上げる:真上にある目標に向かって、日々の行動をコツコツと足元に積み上げていきます。

    積み重ねが自信になる:ふと辛くなって下を見たとき、自分がこれまで積み上げてきた「経験の高さ」が見えるはずです。

    もう一度、上を向く:自分がどれだけ登ってきたかを確認できれば、また安心して真上の目標に向かって進むことができます。

    5/3「生活(いきかつ)セミナー」を振り返って
    セミナーを開催したことで、ごうちゃん自身にも大きな「気づき」がありました。

    「自分の伝えたいことではなく、皆さんが求めていることに応える」
    ごうちゃんにとっての当たり前(輪廻転生や魂の考え方)が、必ずしも参加者全員の当たり前ではないということに気づかされたと言います。

    「肉体は借り物、魂は永遠」というスタートラインを丁寧に共有することの大切さを、身をもって学びました。
    「やってみないと、わからない。行動したからこそ、この反省に気づけた」。
    この気づきこそが、次なる「生活(いきかつ)」への大きな一歩です。

        
  • 「生活」「いきかつ」について
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    【「生活」「いきかつ」】

    お釈迦様が教える「与えるが先」の本当の意味
    今日、4月8日は「花祭り」。
    お釈迦様の誕生日です。

    お釈迦様の教えの中で、現代の私たちにも深く響く「托鉢(たくはつ)」のエピソードがあります。
    お釈迦様は弟子たちに、あえて「貧しい家を回りなさい」と命じました。
    それはなぜか。

    日々の暮らしに精一杯な方は、自分から誰かに何かを施す(徳を積む)余裕がなかなか持てないからです。
    「施しを受ける」のではなく、相手に「施す機会」を作ってあげる。
    苦しい状況の中でも、自分にできる小さな何かを「与える」ことで、その人の心に喜びと徳が生まれる。
    「求めることより、与えることが先」というこの教えは、私たちの日常生活を豊かにする大きなヒントになります。

    悩みの正体は「外的要因」ではなく「自分の内面」にある
    私たちが日々感じる苦しみや悩み。
    それは実は、周りの環境や他人のせいではなく、自分自身の心の捉え方にあります。

    自分軸で生きる:他人の目や世間の常識ばかりを気にしていると(他人軸)、心はいつも乱されてしまいます。

    自分と会話する:意識的に自分の心の内側に目を向け、「自分はどう感じているか」を問い直す。そうすることで、周りの状況に惑わされず、楽しく生きる力を取り戻せます。

    「終活」の先へ——今を楽しく生ききる「生活(いきかつ)」
    「終わるための活動」である終活は大切ですが、どうしても後ろ向きなイメージになりがちです。

    そこでごうちゃんが提唱するのが、「生活(いきかつ)」です。

    生活(いきかつ)の定義
    人生の最後までを楽しく生ききり、来世にいい状態でつなぐこと。

    肉体は「借り物」であり、感謝して使い切るもの。
    しかし、魂は続いていきます。 来世があるならば、最高のスタートラインでつなげたい。
    そのために「今」をどう充実させるかを考えるのが「生活(いきかつ)」です。

    「ら~ふの学校」での実践
    ごうちゃんが主宰する「ら~ふの学校(Laugh=笑う)」では、3つの「いきる」を大切にしています。

    この世を「生きる」
    活動的に「活きる」
    あちらの世界へ「逝きる」

    最後を怖がるのではなく、ガッツポーズをして納得して旅立てるような、そんな笑顔の輪を広げています。

        
  • 死について
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    【死について】

    「死」を「愛(ギフト)」に読み替える
    「死」と聞くと、私たちはどうしても「怖い」「暗い」「失う」といったイメージを抱いてしまいます。
    しかし、ごうちゃんは「死」を「最期の愛(ギフト)」だと捉えています。

    1.「おかん、死んでくれてありがとう」の真意
    ごうちゃんが亡きお母様に伝えたこの言葉。

    それは、お母様が亡くなったことで初めて気づけたことがたくさんあったからです。
    生きている間には当たり前すぎて見えなかった愛、注いでくれていた慈しみ。
    それらが「死」という形をとって初めて、ごうちゃんの「生きる力」へと変わりました。

    2.いなくならないと伝わらない愛がある
    私たちは生きている間、必死に愛を伝えようとしますが、実は「いなくなって初めて完成する愛」があります。

    自分が亡くなった後、残された家族や友人が「あの人はこんなに愛してくれていたんだ」と気づき、それが彼らの生きる希望になる。
    そんな「最期の愛」を届けるための準備こそが、今の私たちの生き方そのものなのです。

    悲しみの中にいるあなたへ:無理に立ち直らなくていい
    大切な人を亡くし、深い悲しみ(グリーフ)の中にいる時、無理に前を向く必要はありません。

    「立ち直らなければ」と思わない:日常生活にすぐ戻ろうとしなくて大丈夫です。

    「とりあえず」の積み重ね:眠れる時に寝て、起きられる時に起きる。食べたくない時は無理に食べず(水分だけは摂ってくださいね)、ただそこに存在しているだけで十分です。

    周りの方へ:無理に励まさず、ただ静かに横にいてあげてください。「待ってあげる」ことも、大切な愛の形です。

    暗闇は一生続くわけではありません。
    自分がふと「動こう」と思えるまで、じっくりと時間をかけていいのです。

    日本語に隠された人生のメッセージ
    日本語の50音には、私たちがどう生きるべきかのヒントが隠されています。

    始まりは「あ・い」:人生は「愛」から始まります。
    終わりは「を・ん」:人生の締めくくりは「恩」です。
    愛で始まり、恩で終わる。

    この50音の間で、私たちは言葉を使って人を傷つけることもできれば、慈しむこともできます。
    最期に豊かな「恩」を感じて人生を終えるために、今、隣にいる人にどんな言葉をかけ、どんな生き方をセレクトするか。
    すべては、私たちの「心」が決めることです。

        
  • 運のつけ方とは?
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    【運のつけ方】
    「運」に関する本が世に溢れているように、私たちはつい「運を味方につけたい」と願ってしまいます。
    ごうちゃんは言います。

    「運が良いか悪いかは、自分で決めること」なのだと。

    1.スタートラインは、全員「強運」
    「志望校に落ちた」「希望の会社に入れなかった」と嘆いている方にこそ、気づいてほしいことがあります。

    この世に選ばれて生まれてきたこと
    日本という穏やかな国で生きていること これだけで、私たちはすでにものすごい「強運」の持ち主としてスタートラインに立っているのです。

    2.パナソニック・松下幸之助さんに学ぶ「逆転の発想」

    経営の神様と呼ばれた松下幸之助さんは、面接で必ず「君は運がいいか?」と問い、イエスと答えた人だけを採用したという逸話があります。
    松下さん自身、幼くして丁稚奉公に出され、家族を亡くし、病弱で学歴もありませんでした。
    しかし、彼はそれをこう捉えました。
    お金がないから、稼ぐ方法を必死に考えた。
    学歴がないから、誰からも学ぼうとした。
    体が弱いから、人に任せる(雇う)ことを覚えた。 すべてを「運が良かった」と定義し直すことで、扉は開かれたのです。

    3.「小指」と「高校受験」の意外な共通点
    ごうちゃん自身の経験も「運が良い」の連続です。

    小指のケガ:ドアに指を挟んだ時、「全部の指じゃなく小指だけで済んだ。だから野球が続けられた。ラッキー!」

    高校受験の失敗:第一志望に落ちたからこそ、別の高校で甲子園に行くことができた。

    一見「不運」に見える出来事も、後から振り返れば「あのおかげで道が開けた」という、新しい運の扉への招待状だったりするのです。

    運の扉を軽くする「日々のトレーニング」
    運が悪いという扉は軽く、すぐ開きます。でも、「運が良い」という扉は最初は重たいもの。
    だからこそ、日々の練習が必要です。

    言葉を変える 不平不満、愚痴、悪口といったマイナスの言葉を封印しましょう。心の中がどうあれ、まずは発する「言葉」をプラスに変えていくことが大切です。

    行動で徳を積む

    笑顔は無償の奉仕:機嫌よくいるだけで、人は集まってきます。

    水回りの掃除:トイレ掃除や拭き掃除を感謝と共に。

    小さな譲り合い:駐車場の停めやすい場所を誰かに譲る。
    こうした小さな徳の積み重ねが、重たい「運の扉」をすっと軽くしてくれます。

    思い通りにいかない時は「違う道だよ」のサイン
    「こうじゃないとダメ」という執着は、扉をますます重くします。

    もし今、思い通りの道に進めていないのなら、それは「もっといい方向があるよ」という運命からのメッセージかもしれません。
    「今の道でよかった!」と笑える日が必ず来ます。

        
  • 流れにまかせるとは?
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    【流れにまかせる】

    1.初詣の心得:お願いではなく「感謝の先取り」
    新しい年、つい「〇〇になりますように」とお願い事をしたくなりますが、ごうちゃん流は少し違います。

    お願い事は、裏を返せば「今はそうではない」という不満に繋がりがちです。
    だからこそ、「今年も見守っていただき、ありがとうございます」という「感謝」を先に伝えてしまいましょう。
    この感謝の先取りが、心を穏やかに整えてくれます。

    2.自分の「明かり」は自分でつける
    心が暗くなった時、誰かが明かりを灯してくれるのを待つのではなく、
    自分で「明るくなるスイッチ」をいくつか持っておくことが大切です。「これをすれば気分が変わる」「この場所に行けばリセットできる」という切り替えのきっかけを、自分なりに覚えておきましょう。

    3.本日のテーマ:【流れにまかせる】

    これまで私たちは、努力し、頑張り、必死に生きることを良しとしてきました。しかし、それが自分を追い込み、苦しめている原因かもしれません。

    「努力・頑張る・必死」を手放す理由
    ごうちゃんは、この3つの言葉をあえて否定します。そこには驚きの理由がありました。

    「努力」をしない:努力しようと力むと、そこに「反発するエネルギー」が生まれ、物事がスムーズに進まなくなります。
    「頑張らない」:神経を張り詰めすぎると、体に無理がたたり、病気や不調を招いてしまいます。
    「必死にならない」:文字通り「必ず・死ぬ」と書きます。死にたくないのであれば、必死になるのはやめましょう。

    世の中で成功している人は、実は「努力」している感覚はなく、ただ「楽しくて夢中」なだけなのです。耐え忍ぶことを美化せず、楽しさを見つけることが大切です。

    川の流れに身をまかす
    人生を川の流れに例えるなら、努力とは「上流へ向かってもがくこと」です。しかし、本当の答えは「下流」にあります。

    流れに逆らわず身をまかせてみると、川の中心には一本のスムーズな道が通っています。そこに乗ることができれば、物事は驚くほど自然に進み始めます。

    「執着」を手放し、心を軽く
    「〇〇しなければならない」という強い思いは、自分を苦しめる「執着」です。

    嫌なことや苦しいことは、放っておいても自然にやってくるもの。

    だからこそ、楽しいことや嬉しいことは、自分から迎えにいく。

    執着を手放し、心を軽くして「楽」になってもいいのです。

        
  • 「線香の香り・におい」について
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    【線香の香り・におい】

            

    お線香の香りは、誰のためのもの?
    昔ながらのお線香の香りは、時に「線香くさい」と敬遠されることもありました。
    ごうちゃん自身も、学生時代に実家の香りが服に移り、周囲から言われた経験があるそうです。

            

    しかし、現代のお線香は驚くほど進化しています。

            

    多彩な香り:ラベンダー、桜、すずらんなどの花の香りから、コーヒーの香りまで。

            

    機能性:煙が少ないタイプや、香りがほとんど残らない無香料タイプ。
    そんな中で、ごうちゃんが教える「選び方のポイント」はとてもシンプルです。

            

    1.自分の気持ちが落ち着く香りが一番
    お供えとしての最高のご馳走は、古来より「伽羅(きゃら)」などの高級な香木とされています。

            

    しかし、一番大切なのは、「その香りを嗅いで、自分の心が落ち着くかどうか」です。
    自分の好きな香りで心が平穏になれば、その穏やかな空気こそが、仏様にとっても一番の喜びになります。

            

    2.「報告」と「感謝」のひととき
    お仏壇の前で手を合わせるのは、日常生活の報告をする場でもあります。

            

    「今日も一日ありがとう」という言葉と共に、お気に入りの香りを焚く。
    そのリラックスした状態こそが、仏様への最高の供養になります。

            

    ろうそくの炎と「1/f(エフ分の一)のゆらぎ」
    お線香と共に欠かせない「ろうそくの炎」。
    あのゆらゆらとした動きには、科学的にもリラックス効果があると言われています。

            

    不安定な美しさ:ろうそくの炎は一定ではなく、不規則に揺れています。これを「1/fのゆらぎ」と呼び、波の音やそよ風と同じ自然界のリズムです。

            

    心との共鳴:人間の心もまた、常に揺れ動く不安定なもの。ろうそくの炎を見つめることで、その不安定さが自然のリズムと共鳴し、不思議と心が落ち着いていきます。

            

    向こうの世界の明かり:ろうそくは「あちらの世界の明かり」とも言われます。心を落ち着かせ、向こうの世界とつながる大切な灯火なのです。

            

    「押し付け」から「納得」の時代へ
    これまでの仏事には、「こうしなければならない」という厳しい決まりごとや押し付けが多かったかもしれません。

            

    現代の「仏壇離れ」などの反発は、その反動とも言えます。

            

    これからは、古い習慣を無理に守るのではなく、「自分たちが心穏やかに生きるために、どう取り入れるか」を考える時代です。
    私たちが心穏やかに生き、それを見て仏様も幸せになる。
    そんな優しく自由な関係性を、お線香の香りやろうそくの灯火から始めてみませんか?

            

    照泰仏堂(しょうたいぶつどう) 「ちょうど良かった」と思える、あなたに合ったお線香選びをお手伝いします。
    お気に入りの香りを、ぜひ見つけに来てください。

            

        
  • ~仏壇じまい・墓じまい~について
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    【仏壇じまい・墓じまい】

    円満な仏壇じまい・墓じまい:ごうちゃんが伝えたい「心の整理術」

    最近よく耳にする「仏壇じまい」や「墓じまい」。
    多くの方が「子供に迷惑をかけたくないから、自分の代で綺麗に片付けておこう」と考えます。

    でも、私はあえてこうお伝えしています。
    「子供には、どんどん迷惑をかけてください」
    それは、単なる「困りごと」を押し付けるという意味ではありません。そこには、これからの時代を生きる家族にとって大切な「愛情」の形があるからです。

    1.「迷惑」は、子供が成長するための「愛情」

    「10」ある負担をすべて親が片付けてしまうのではなく、あえて「7」を子供に残し、判断を委ねる。
    そうすることで、子供には「責任」が生まれ、自分が代々繋がってきた命の連鎖を意識するきっかけになります。
    親が先回りして「楽」にさせてあげることが、必ずしも正解ではありません。自分で考え、供養の形を決めていく経験こそが、子供の人生の糧(愛情)になるのです。

    2.「勝手な決めつけ」から「会話」へ

    「子供は仏壇なんて必要ないと思っているだろう」と、相談せずに進めてしまう親御さんが多いのも事実です。
    でも、実際に話をしてみると、子供さんなりの要望や想いがあることも珍しくありません。
    仏壇を買うときも、片付けるときも、まずは相談を。
    「いらない」と言われる可能性も受け入れる。
    この「相談する」というプロセスそのものが、親子が向き合う貴重な時間になります。
    仏壇じまいの相談がきっかけで、疎遠だった家族の会話が増えたという声もたくさんいただいています。

    3.「終活」ではなく、前向きな「生活(いきかつ)」

    「終活」という言葉は、どうしても死に向かっていく後ろ向きなイメージを持たれがちです。
    今の時代に合わせつつ、昔から大切にされてきた想いも守る。
    その絶妙なバランスを判断し、アドバイスするのが、私の役割です。
    私はこれを、死ぬための準備ではなく、「より良く生きるためのセレクト」=「生活(いきかつ)」と呼びたいと思っています。

    「生活(いきかつ)セレクトアドバイザー」として、お家ごとの事情は千差万別です。

    親子関係が複雑な場合もあれば、物理的にどうしても維持できない場合もあります。
    経験豊富なアドバイザーとして、「ここは相談した方がいいですよ」「ここはプロに任せましょう」と、そのご家族に合った「円満な」着地点を一緒に見つけていきます。
    仏壇や墓の問題は、単なる「物の片付け」ではありません。
    家族がもう一度つながり、お互いの想いを確認し合うための、大切な通過点なのです。

    照泰仏堂(しょうたいぶつどう)
    「分からないから不安」が「安心」に変わる場所。

    仏壇じまい・墓じまいのご相談も、どうぞお気軽にお寄せください。

        
       

歩螺里(ぶらり)とは、歩く(あるく)・螺(回る)・里(みちのり)と漢字の意味合いから。
ごうちゃん(幡司剛成(はたしたかのり)さん)と歩きながらゆったりとした気分で一緒に散歩しませんか?

※ビデオポッドキャストとは、ポッドキャストは、音声をインターネット上で楽しむコンテンツですが、映像としても楽しめるように作られたのがビデオポッドキャスト。映像を見るまたは、音声のみとどちらでもお楽しみいただけるように制作しています。

ごうちゃんの歩螺里(ぶらり)旅 「糸かけ」編

今回は、ごうちゃんと糸かけへ。

ごうちゃんの歩螺里(ぶらり)旅 「アフリカンショップBARIDI」編

今回は、ごうちゃんとアフリカンショップBARIDIへ。

  

ごうちゃんの歩螺里(ぶらり)旅 「歌舞伎」編

今回は、ごうちゃんと歌舞伎へ。

ごうちゃんの歩螺里(ぶらり)旅 「立石園」編

今回は、ごうちゃんと立石園へ。

  

ごうちゃんの歩螺里(ぶらり)旅 「清風庵」編

今回は、ごうちゃんと清風庵へ。

ごうちゃんの歩螺里(ぶらり)旅 「やすだ釣具」編

今回は、ごうちゃんとやすだ釣具へ。

  

ごうちゃんの歩螺里(ぶらり)旅 「蔭凉寺」編

今回は、ごうちゃんと蔭凉寺へ。

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ごうちゃんの歩螺里(ぶらり)旅 「足つぼ」編

今回は、ごうちゃんが足つぼ体験。

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ごうちゃんの歩螺里(ぶらり)旅 「墓掃除」編

今回は、ごうちゃんと墓掃除に行ってきました。

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ごうちゃんの歩螺里(ぶらり)旅 ら~ふの学校「苔テラリウム」づくり編

「小さな苔やさん」は、兵庫県加古川市にある苔テラリウム専門店
手軽に苔の世界を楽しめる人気のお店です

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ごうちゃんの歩螺里(ぶらり)旅 金川病院編

岡山市北区御津金川
地域包括ケア病棟30床の病院です
2012年に開設され、「今、あなたに、信頼される病院」を理念に、急性期後の患者さんの在宅復帰支援、地域医療への貢献、多職種連携、リハビリテーションに力を入れています

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ごうちゃんの歩螺里(ぶらり)旅 龍泉寺編

岡山市北区下足守
龍王池を八大龍王の御神体としてお祭りしています
一般の方も、滝行を体験できます

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ごうちゃんの歩螺里(ぶらり)旅 國神社編

岡山市北区三門中町
階段を上り、拝殿からは、岡山市街を一望できる

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RinNe-生まれ変わる仏具たち- 2024年10月24日~28日

会場 ルネスホール金庫棟ギャラリー

お役目を終えた仏具たちが職人やアーティストの手により作品として・インテリアとして彩り豊かに甦ります。

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照泰仏堂

    

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