JOVV-76.8 FM OKAYAMA|ごうちゃんの「照らすこころ」      
ごうちゃんの「照らすこころ」

このコーナーは、毎月第2火曜日のこの時間照泰仏堂の幡司剛成(はたしたかのり)さんを迎えて仏具店として人を心を大切に接客してきた中で考え方や人生を楽しく生きる「気付き」や「きっかけ」をお聴きいただいているリスナーと共有していきたいと思っています。


  •   「予祝(よしゅく)」について<タップで内容表示>
             

    【予祝(よしゅく)】

    「予祝(よしゅく)」というものをね。前祝でね。なぜ僕今日お話ししたいかって言うと、これからやっぱ受験シーズンだったりとか、採用試験があったりとかすると、これを取り入れたらすごくいいんじゃないかなと。これから試験に望もうとされてる方なんかは、是非、取り入れてほしいなと思って。予祝は、先に祝うてことなんですけども。

             

    日本古来からありまして、例えば、お花見とか。お花見はね、秋の宝、お米。桜の木を、稲を見立ってて、祝う。先に豊作になったよっていうのがお花見なんです。

             

    昔からそういうことがあるからやっぱり取り入れた方がね。こういうのは絶対いいので、先に祝うっていうね。先にするっていうのが1番。

             

    これはね、やり方っていうのもあって、事例で言うと僕も体験してるんですよ。

             

    子供の時に体験してるんですけども、僕あの野球をずっとやってきてまして、子供の時からね、うちの母がね、「あんたは甲子園行けるよ」ってずっと言ってきたことがあって、で、僕はもう子供の時からずっと、甲子園に行く前に、県予選で優勝するとマウンドに上がってみんな喜ぶじゃないですか。もうあれをずっとイメージしてたんですよ。

             

    だから、それをずっとイメージして絶対甲子園に行ける!僕上手じゃなかったですけど。野球そんなに。もうレギュラーにもなれるかどうで、ちょうどレギュラーならさせてもらって。でもイメージだけはずっとしてたのでプレイしてるのもずっとイメージがあったから。1回も行けないと疑ったことがなくて。

             

    経験してるから腹落ちしてるので。実質的にはやり方っていうのは、まずその想像ですね。 成功したと。こうなりたい。受験とかでも、ここの高校に受かりたいと。この職場に着きたいっていうのをもうイメージをすごくするんですね。

             

    イメージをしてそれを感情に浸るんですね。受かったとかすごく感情に浸って、「あぁよかった」っていう風に、そこにプラスアルファで感謝っていう気持ちを持ってくるんですよ。

             

    受かってありがたい。ありがたいけども、じゃこれ誰のために?何のためにやったか?っていうのを感謝にかえていくんですね。

             

    それがすごく感情として乗っかってくるんですね。書くって自分がどういう風になったかってことを先に書くんですね。書いて、それで感謝の気持ちですね。感謝の気持ちは、誰に伝えたいか?っていうのも書くんですね。

             

    そちらの方がもう用意されてるっていうか。その現状が現実が、自分にこう辿っていって、もう現実を用意あるところにアクセスするっていう形になってくるですね。

             

    高校入試でも、大学入試でも中学受験でも、合格して「やった」っていう気持ちと当日見るであろう風景を書いて、さらに、今まで支えてくれてありがとうっていう感謝の気持ちを書けばパーフェクト。

             

    でも疑いを思ったらだめですよ。そこに疑いだったりとか、不安を持つとやっぱり。

             

    多分、これは難しいと思う。だから、書くってことを。これは習慣つけないといけないですね。

             

    毎日僕も日記つけてるんですけど、やっぱり将来的にどうなるかってことは書いて、習慣づけて、脳価科学で言うと、脳を騙すっていう形になってくるので。脳と心と、体というか行動が一致しないとはい。

             

    どうしても、受験でも落ちてしまったとか、採用試験受からなかったって方も多分いらっしゃると思う。

             

    その時に予定調和っていう、起こるべくして起きることなので、実質的には一生懸命頑張ってそこに望んだけども結果がダメだった。そっちの方向が最善だよっていう知らせなんですね。

             

    自分が頑張って、頑張って。そこはダメだったけど、実は、あなたにとってベストな道じゃなかったんですよっていうことなんですね。

             

    なんでこっちだったんだろうか?って言って不満を持つんじゃなくて。

             

    こっちが良かったんだっていう風に切り替えた方が、さらに大きな出来事の方に、導いてくださると思うので。自然の流れに任せるっていうのもそういう形だと思うので。出た結果は予定調和なので、今自分にとって最善なことなので。だからとりあえずやることはやる。

             

    で、やってみて自分が違った方向だったらそれが最善。

             

    受験とか会場行く時とか面接とかある時にはどんな感覚で入ったらいがいいか?って言われてるのが、コンビニに入る感覚が1番いいよ。

             

    普段通り何も考えずに、フラっと入って、フラッとやるっていうのが1番受かりやすいって言われてる。その感情になれるように、それまでちょっとこう努力というか、一生懸命やっといて。で、やる時に本番は、何も考えずとりあえずやる。

             

    で、出た結果は今の最善の結果なので。予祝から始まり予定調和。これもプラスの方向ですね。

             

    お仏壇どういう風に処分したらいいんですか?っていうことの問い合わせが多いんですね。お仏壇は、あの生活スタイルに合わなくなったとしても処分しにくいです。心情として。

             

    皆さん引っかかってるので、僕ら専門家の方に聞きにくるんですけど、その皆さんの状況に応じて全然違うので、状況教えてもらえれば、皆さんの心情と、納得できるやり方で、僕たがもうアドバイスしたりしてますね。引き取って行ってる中で、その空屋で、皆さんその荷物の整理をしないといけないっていう状況に。遺品整理もさせてもらってるんですけど、片付けで、売れるものってたくさんあるんですよ。

             

    だから、気をつけていただきたいのが、やっぱり処分に渡してしまうと、中にはそれを売られる方もいらっしゃるから。まずは自分で売れるっていうことを知っといてほしいなと。それからいらないものだけ処分するっていう形に。

             

    家の解体だったりとか、相続の関係だったりとか、不動産の売却もサポートを専門家の方にお願いしています。そういうサポートもさせただいてます。本当に、皆さんがどこから手をつけていいかわからない状況だったり、お任せくださいって言ったら、皆さん安心してくださるので。

        
  •   ペットの最期を迎えた時にどうしたらいいの?について<タップで内容表示>
             

    【ペットの最期を迎えた時にどうしたらいいの?】

    皆さん、多くの方が、ワンちゃんや猫ちゃん飼われと思うんですけども、先月も「ひろがるわっかマルシェ」っていう、マルシにも参加させてもらって、やっぱりペットという、意識が皆さんね、今すごく大事にされてますし、そういった中でね、最期を迎えた時にどうしたらいいの?っていう相談ってのは、結構あったりするんです。

    私は、まず何よりもやっぱり一緒にお墓に入りたいって思うんですけど、それはできないんですよね?

    できないことはないです。今の時代だから。

    仏教の世界で言うとダメですね。住む世界が違うそうです。

    今は、色々と多様化はされてますから、いろんな考えはあってはいいなとは思うんですけど、まず仏教の世界で言うと、住む世界が違う。本当にこう家族同然ですから、そういう仏教が分からない方にとっては、なかなか取り入れにくいとこかなと思うんですけど。

    畜生界っていう、色々“界”があって、それを経て人間っていう形がなっていくんですけど、だから、昔で言うと一緒にしたらだめ。でも今は、一緒にっていうのはあるんですけど。ただ、1つはですね、お骨には執着はあんまりしない方がいいんじゃないか。

    人間も一緒でペットも一緒。

    お骨ってのは大事です。泣き柄ですから。だから、お墓だったりとか、今いろんなところに納めるっていうのはね。いろんなところがあるので。お寺だったり、民間の積材店がやってるところだったりとか、またと行政がやってる部分。場所ってのはお墓だけじゃなくていろんなとこがあるのでいいんですけども。人間と一緒で執着をしてはだめ。

    そこに執着してしまうと、どうしてもまだいて欲しいっていう、気持ちに引きずってしまうような状態になると思うので。

    いてくれたらとか、思うとなかなか向こうの世界に、逝って新しい世界に行こうとしてるのにこっちの気持ちで引っ張っていいかと。納得するって、1番。シンプルなんですけど、感謝を伝えてあげるってことだと思う。

    例えば、お墓とかどっかに納めてる場所だったら会いに行くっていう形を取ってあげる。

    今、ペットだったらよくあるのが、お骨をその後どうしたらいいんですかって。お骨どうしますか?っていう確認みたいなのがあったような気がします。そうですね。それを持って帰えられました。どうされました?

    私持って帰らなかったんですよ。というのがその前に一緒に住んでた猫が死んだ時は、私その場にいなかったんですけど、もうあの両親が先に出していて、その時持って帰らなかったんですね、お骨。次の猫が死んだ時も差をつけちゃいけないと思って、一緒にしたいから。親としては持って帰りたかったみたいなんですが、私はその1番最初に飼った猫と一緒がいいって言って、もう持って帰らないって。

    多分ね、そういうのが1番いいかも。動物はね、寂しくないようにしてあげるってことも1番だから、市によって違うと思うんですけど、そこに持っていって火葬したらみんな一緒になるので、寂しくないっていうのが1番かな。

    ただ、中には持って帰りたいって方もいらっしゃって、その時やっぱり大事な家族ですから。年数が経つとですね、人間と一緒のそのお墓に入れられないから。後からですね、どうしようかっていう相談もあったりするんですよね。

    そうなってくると、今はいろんなことがあるんで、お寺さんとかも今、新しくされてるとこもあります。お寺さんは基本的には動物とっていうのはそのあんまりね。奉らないっていうのもあったりするんですけど、でも、今のご時世ですから新しくその納骨場所っていうの作ったりとかされてるとこもあるので。

    土に返してあげるってことはいいですけど。これ別で用意したいっていう方いらっしゃる。ペット用仏壇っていうのたくさんあるので今。

    だからそれを、用意した方がいいのか、用意しない方がいいのか。

    これは、感情的に、どうしても気持ちを引っ張ってあげられると、寂しいのは当然そうです。悲しいのは当然そうなんですけど、いて欲しいっていう気持ちをずっと持つと、やっぱり別れがたいという。

    こっちからの愛情でいいところで生まれ変わってね。っていう愛情をどう投げれるかだと思うんですね。そのためには、本当はない方がいいかなと思います。ごめんなさい。うちペットの仏壇も売ってるんですけど。売上にだいぶ影響するけれど。

    でも本来はない方がいい。だったら写真とか置いて、軽く手合わせるとか。そこで感謝を伝えてあげたりとか、日常生活あったことを報告してあげるとか。それぐらいが多分 1 番いいのかな。

    ペットとの別れは本当に辛くって、なんか嫌な思い出がないじゃないですか。怒られたとか、腹が立ったとか。だから本当に辛くて泣いてばっかりだったんですよね。多分皆さんそうだと思うんですけど。それで執着することで、その一緒に暮らしてたらペット(家族)が新しい世界に行けないのであれば、私は、ペット(家族)のために、執着を切れますよ。ああ、すごい愛情深いですね、それ。 深いです。間違いない。

    自分の捉え方なのか、相手を思うのかっていうのが多分教えてもらってるんじゃないかなと思います。

    よく言われてるのがワンちゃんは、人間を癒しすために生まれ来ると。猫ちゃんは人間を守るために来るっていう言われたりとかしてるらしいんですね。

    なんかそう考えるとなんかすごく愛しいじゃないですか。命も早いじゃないですか、人間からしたら。

    それを命を持って教えてもらえることっていうのが、そういうことだと思うので。

    人生それだけ短い時間でも一緒にいて最期を見送ってあげることで、そう1つの整理をするっていうことを育ったりとか一緒に生きてきたことを、思い出して、これからの糧に変えるとか。そういう風にプラスの方に変えていくの方が、絶対苦にはならないと思うので、だから、形じゃないと思います。

        
  •   なぜ、人って生まれてきたのか。について<タップで内容表示>
             
     

    【なぜ、人って生まれてきたのか】

           

    僕もね、色々こう考えて、僕が思ってることなんですけど、聞いてる皆さんにも考えていただきたいんですけど。

            

    「なぜ、人って生まれてきたのか」っていうこと。

            

    ちょっと投げかけたいなと思いまして、なかなかね、これすっと答えが出る人っていないんですよね。

           

    なんで生まれてきたのか?そんなこと考えたこともなかったっていう形なんですけど、どう思います?

           

    私は、なぜ、生まれてきたのかっていうのを考える人がいっぱいいるので、素晴らしいことだなと思ってすごく尊敬するんですよ。だって、私は考えずにのほほんと生きてるから。だから、そういう考えること自体をする人を尊敬するのと。あとは、私自身は考えないんですけど、「なぜ」じゃなくって生まれてきたからには、誰かの役に立ちたいし、社会の役に立ちたいってそんな感じですかね。私の場合は、「なぜ」を考えるよりは。

            

    僕、仕事上がね、こういう、仏壇とか葬儀をさせていただいてるので、どうしても、常にこう「生・死」ってのを考えてしまうんですけども。

            

    なぜ、人間って生まれてくるのかなとか、苦しいかったり、悲しかったりとかするじゃないですか。なんでこんな感情があるのかなとかって思ったりとかずっとしてて。

           

    ひとつ、僕ら、勉強させてもらってる中とか実感してる中で言うと

            

    人が生まれてくるには、意味がそれぞれあるんだろうなっていう。僕らもこう怪我をしたりとか、病気をしたりってするのも、因果の解消というか因果応法ってあるじゃないですか。

            

    前世があるとしたらですね、前世で、できなかったことを今世によって解消する。

           

    で、解消しないといけないので、気づかされるためにことが起こると。気づかなかったら気づくまでにどうしてもそれ出来事が起こる。

            

    ああ、何度も同じようなことが起こって起こって。それがちょっとこうね、大きな出来事だったりとかすることもあると思うんですね。

            

    それを解消して、じゃあ、人間の魂っていうものがあるとしたら、小さな光って言われてるんですね。

           

    「心の中のその光を輝かせる」ためにはどうするかってことを考えて、因果を解消することによって輝かせる。

            

    人間生まれてきたことは、楽しく生きるため。そして、人に優しくするため。

            

    生まれてきたって言われてるので、こういう魂を光らせるかってことを考えることが。

           

    例えば、僕が高小指がちょっとね、先が無くなってるんですけども、これも子供の時ってなんでかなってずっと思ったりしたんですよね。ずっとなんでかな、なんでかなと思ったりすると、実質的には、全部の指を僕はドアに挟んでいたかもわからないです。だけど小指だけで終わったと。それも1つ良かったな。ドアに挟んだんですけど閉まる瞬間に手を縦にしたことによって小指だけ。そしたら野球もできましたし、でこういった痛みもわかりますし。

            

    こういう風に気づいていることで、どんどんプラスな方向になっていってることに腑に落ちたので。そういった意味でそういうこと気づかさせてもらうため、前世からある、因果そういったものを解消するため。ひとつひとつ。

            

    そういった意味で生まれてきたんじゃないかなと。

           

    輪廻があるとしたら、来世は、いい状態で生まれたいのであれば、そういうこと気づいてから、いいステージの上でいたいと思ってます。

            

    例えば、今自分は、どうしてここに生まれてきたんだろう?なんでこんな状況なんだろう?

            

    と辛いと思ってる人がいたとしても、でもそれは、自分の試練というか、より良くなるために、与えられてることで。乗り越えるためなんですよっ!て言われたらちょっと視界が開けるかも。それでもいいや、そんなことしたくないと思う人もいるかもしれないけど。

           

    それも色々だと。その状況だとは思いますけど、ただ1つきっかけですね。そう思えたら楽になる可能性があるっていう、これも正解とかないので。

            

    きっかけをどれだけ知るかなので。自分にあった、きっかけですね。それを僕らが勉強したものを投げて、1つのきっかけになればいいなと僕らは思ってるので。

            

    このラジオも出さしてもらってるのも正解は絶対ないと思うんですけど、これが 1 つのきっかけになれば何かこういい方向に行くんじゃないかなとは思ったりしてるので。

           

    それがきっかけになってしぼんでた心の灯がフワンっ!てまた復活してくると、生きる力になるといいですね。

            

    それが人生楽しくなって、最後ね、迎える時に、ガッツポーズして楽しかった!って言ってね。また来世ね!っていう風に感じで行けたら1番ね、いいじゃないですか。

            

    我々の目標ですからね。それが。

            

    だからそのためには、浮き沈みがね、あると思いますけども。今ちょっとあの皆さんに知っていただきたいなというか、考えていただきたいなと思いました。

        
  • 浮遊霊っていると思います?について<タップで内容表示>
                    
      

    【浮遊霊っていると思います?】

            

    ごうちゃんのご紹介の肩書きが、「ちょうど良かった」と思える照泰仏堂になりましたよ。ちょうど良かったと思えるように、全てにおいてですね、心がけていきたいなと思っておりまして、いろんなタイミングだったりとか、気持ち的な部分とか、金額的な部分もそうですし、ちょうど良かった照泰仏堂って皆さん思ってもらえたらね。いいかなと。

    僕いつも思うんですけど、先祖さんとかはね、答えは教えてくれないと思ってんですよ。でも、ヒントはくれると思ってるんで、それを気づけるかどうかだと思ってるんですね。気づける生活を送ってるかどうかによって、その答えを、自分で見つけ出して、それが喜びと感謝に変わってくると、もっともっといっぱい受け取られる容量は増えてくるんじゃないかなと思ってます。

    お盆ですから、ご先祖様も帰ってくる時期ですからね。色々夢に出てくる人も多いかも。

    ご先祖様は帰っていらっしゃってるんでしょうか?

    これも帰ってきてる方と帰ってきてない方いらっしゃるんですけども。例えば、浮遊霊っていると思います?

    私は霊見えないんですよ。多くの方が見えないと思うんですけど、でも見えるという人がいて、僕も見えないです。見えないですけど、

    いわゆる浮遊霊ていうのは

    亡くなったっていうことが分かってない。というのは、よく言われてるんですね。

    最後は人間って必ず亡くなるじゃないですか。それを考えずに生活をしてて、いきなり、お亡くりになってしまうと、自分が死ぬっていうことの概念というか、そういったものがないまま亡くなる。自分は、まだ生きてるっていう風に思ったりしてるから、亡くなると時間とか空間は関係ないってよく言われてるんですね。これがどうかわからないですけども、でも、自分がずっとそのままで立ち止まってしまってるっていうのが、浮遊霊でよく言われてです。

    それに対して、成仏させてあげるんですかっていうのが、実質仏教で言うとお経であったりとかして、あちらの世界へっていうので導いていくっていうんですけど、でも僕らお経を上げれないじゃないですか。では、何をしないといけないかっていったら、普段からのその人に対して感謝の気持ちを伝えるとか。

    亡くなったよってことを知らせるには、本当にこの世で縁があってのこと。感謝を伝えるっていうことをすると、自分はいなくなったんだってことに。あちらの世界に行こうという意識が生まれてくるんじゃないかなと。

    自分が死んだことを気づけないっていうのは、私は辛いんですけど。ちゃんと行くところに行ってほしいなって。そうですね。だから普段から日常生活からそこを考えた行動をすると、いろんなことが、気づけると思いますし、いろんな人の優しさに触れたり、人に優しくしたり思いやりを持ったりすると、自然とそっちのに行くと思うので、最後っていうものを見据えた生き方っていうのが必要かなと。

    この暑い時期にですね、お仏壇にお花を飾るとすぐダメになるんですよ、ごうちゃん。ずっと冷房のあるお部屋だったらいいんですけど、そんなつけてばっかりはいられないじゃないですか。人がいないところだと。

    はい。これもね、よくある。この時期になるとよくお客さんから問い合わせがあるんですけど。この生花じゃないとダメなんですか?ていうのね。いや、僕らからしたらもう、造花でいいですよってお話します。

    これはちょっとお寺さんから怒られるかも分からないですけども、なぜか。お花代もね、馬鹿にならないですし、もう2日3日でダメになってしまうので、そこに負担がかかるよりはやっぱり造花でもして、

    お花立は、本来どういう意味か言うと普通、仏さんのためだったらお花って仏さんの方向けませんか?本当だ。でもこっち向いてる。こっち向いてますね。で、全てにおいて仏壇とかそういったものはこっち向いてることが多いんですけども、向いてますね。特にお花に関しては、その綺麗なお花を見て、綺麗な気持ちになって手を合わせましょうっていうのが本来。

    ですから綺麗な気持ちになりましょうとか、向こうの世界を表してたりとかするのが、仏壇であったりとかするので、ですから頂いたものとか、そういった食べるものとかは、先にどうぞって食べてくださいっていうことで、「与えるが先」を教えてもらってるので、先にどうぞという形で、あの、食べてくださいって、それからお下がりをいただくとか。

    で、こっちに向いてるものに対しては、自分の気持ち、線香をたくのも自分の気持ちを落ち着かせるためとかにあったりするので、そういった意味で「鏡」ですよね、結果的には。なので別に無理し生花をして、13、14、15 の3日間ぐらいは生花にした方がいいかなとは思うんですけど。

    自分の中でこうしなければならない、ねばならないっていう風な動きになってしまうと、やっぱり、執着に繋がってくるので、そうなると、どんどん心が苦しくなってきますよね。で、それが仏さん喜ぶかっていったら、さてどうでしょうっていう?

    じゃあここにもちょうど良かったが大切になるっていうことですね。そう。しんどかったを探っていった方がいいかなと思いますね、皆さん。

    8月もね 、まだまだ続いてますけども、皆さんがね、自分の体を大事にしてですね 、頑張っていただきたい。その頑張るも顔晴れやかと書いて顔晴っていただきたいなと思っています。この8月を乗り越えてください。

        
  • 「感謝ができない」ときには、について<タップで内容表示>
           
      

    【「感謝ができない」ときには】

    ごうちゃんは心の大掃除はできましたか?
    はい。毎日してます。

    ちなみにどうやって毎日心の掃除してるんですか?

    まずですね、整えるってことを意識してるので、朝起きてまず最初に感謝ですかね。動いてる心臓に「ありがとう」と言えるかどうか。内臓にありがとう。

    心臓って毎日ずっと休まず動いてるわけじゃないですか?起きれたことと、心臓が動いてるずっと休まずってことに、まず感謝が最初に来てるので、その目覚めからすると、気持ちがいいですよね。

    最初に思うこととかやっぱり皆さんこうスマホを開いたりとか、1番にする方も多いと思うんですけど、やっぱり見たものとか感じたことが1日の始まりになるので、だから最初にどう感じるかとかを意識してやってると、おずと多分整理はされてくるんじゃないかなとは勝手に思ってます。1日の始まりが本当にいかに大事かっていうのがよくわかるので。

    ありがたいことにリスナーさんからですね、声をいただきまして。
    「感謝ができない」っていう風な形の内容でした。誰に対しの感謝かって言いますと、近くである「親に感謝ができない」っていう、僕は、以前、感謝っていうことのお話をさせていただいたので、それを聞いてですね、感謝ができないんだけど、どうしたらいいですか?
    近すぎると感謝って難しい部分は確かにあります。

    いろんな問題もあると思いますし、確執の問題や色々あると思うんですけども、僕はそこで、「無理して感謝本当はする必要ないんですよ」という答えを。

    実質、今も朝、感謝で。ただ、今の現状っていうのが良くない方がいらっしゃるとしたら、やっぱ因果応報ってあるじゃないですか。必ず原因があって結果があるわけじゃないですか。その結果を良くするために感謝の気持ちとか、感謝の言葉っていうのが大事っていうのが、始まりであって、お釈迦さんも言ってるんですけども、最初に言葉ありきって言われてんですよね。

    だから思うことより最初に発した言葉の方が大事って言われてんですよ。心は後からついてくるって言われてるので。だから「感謝・感謝」って心がないのに感謝するんじゃなくて、最初に言葉ありきで「言葉で言う」っていうのが大事っていうのがまず 1 つなんですね。

    だから何に対しても「ありがとう・ありがとう」って言っとけば、これが結果が「ありがとう」という結果に結びつくっていうこと。

    これを「不平・不満・ぐち・泣き事」を言ってると、自分でそっちの方に求めてるってことになるので、最初に気持ちがなくても感謝した方がいいよっていうのは、本来の始まり。

    「どうやってもうまくいかない」
    「ありがとうってとりあえず言ってみようかな」と思ったけど、言ったところで苦しいし辛いんですよね。ありがとうに押しつされそうになって。無理!って思いました。

    それは、「その人に対してありがとうと言うからそうなるんです。」起きた出来事、それに関する捉え方によってのありがとう。

    例えば、苦しい・辛いを教えてもらっていることに対してありがとう。ちょっとこの人苦手とか無理とかっていう人でね、人間付き合いしているじゃないですか。そういう人たちに対して、直接、「ありがとうなんかは絶対言えないです。」辛いですよね。

    この人を通してこうなったら「ダメなんだな」とか、反面教師として相手を見て、これも鏡って言われてますから、今目の前にいる人とか、抱えてる問題とかってのは、今の鏡なので。そういう風になったらだめだよとか、自分の中にそういう要素があるんじゃないかなとか。そう、そこが怖いですよね。それを見さしてもらってる「気づき」がありがとうっていう。

    直接その人に対してありがとうじゃなくて、その捉い方に対して「ありがとう」っていう風なことを内容伝えるんじゃなくてそのありがとうって言葉だけで、伝えるだけで、今度、自分は変えることはできても、相手は変えることできない。

    そういった自分を変えていくことによって、相手が勝手に変わってくるよっていうな現象が生まれるんですよね。でもこれってなかなかやらないと難しいですし、積み重ねが必要だから、普段から感謝の気持ちっていうことをしておけば、いざとなった時にはやりやすい状況がつくれる。

    いきなりその人にしなさいって言っても無理なので。だから、「感謝ノートとかつけた方がいいですよ」って話はよくさせてもらうのが、1日10個・感謝。いろんなことに感謝、道端に咲いてる花に綺麗だなと思って感謝。店員さんに対して コンビニとか入った時にありがとうってどう言えるか・どうか。

    「ありがとう」て言われて嫌な人っていないと思いますし、相手の気持ちに水を与えるというかそういう感覚になると思うんで、そしたら潤うじゃないですか。そうやってる自分が好きとか、そうやって自分が素敵って、思えるようになると、もっともっと自分にも対してに返ってくるので、これも繰り返しなので、前向きになる必要もないです。

    楽になる「きっかけ」がたくさん皆さん持ったらいいなと思ってるので、その中の 1 つかなと思ってるので、周波数、ラジオでもね、周波合わせないと、自分が聞きたいものだったり、テレビでも自分が見たいものって、自分で合わさないといけないじゃないですか。その中の1つだったら嬉しいなっていう、それがあってくれたら良かったって思います。

        
  • 「ご香典はいただいてください」について<タップで内容表示>
           
      

    【「ご香典はいただいてください」】

            

    これはですね、今日はちょっともう僕もね、職業柄というか、まあ、仕事の話として、生活(いきかつ)を皆さんに知っていただきたいなと思って活動してるんですけども。

        

    香典って、葬儀を、自分の自宅からあげられた方は多分わかると思うんですけども、あげられたこともない方も是非知っていただきたいなと思うんですけど。

        

    今、ご香典いただく側ですね、辞退される方が多いんですね。

        

    なんででしょう?

        

    私個人は、香典めんどくさいなって、色々あるじゃないですか?その後お返しもしなきゃいけないし、そもそも最初から受け取らなきゃいけないしみたいな。めんどくさいなって思う。

        

    いや、でも、みんなそうなんです。

        

    実質的にはこの香典の返礼返しが、やっぱりめんどくさいから、もう受け取らないっていうのが、本来なんですけども。

        

    いや、もうこれがもう実質的にも圧倒的な理由です。

        

    これはでもね、なぜいただいてあげた方がいいかっていうのは、1つの理由としては、いただくことによって、この香典っていうのは、葬儀代の足しにしてねっていう意味なんですね。

        

    で、本来お返しはいらないんですけども、まあ、そういうわけにいかないからって言って、岡山の文化で言うと、後返しって言って、四十九日が終わった後に、お返しをするっていう。

        

    その金額もよく半返しって言うんですけど、1/3から半返しでいいんですけども、そのお返しを選ぶことがめんどくさいんです、皆さん。

        

    これはね、仕方ないです。これはもうみんなそうなので。

        

    でも、これもなぜした方がいいか。

        

    もらう側はそうなんですけど、送る側の人の気持ちになった時は、何かをしてあげたいと思うんですよ。

        

    で、香典を断ると、その生前お世話になったから。形としてそれを何かにしてあげたいんだけど、今度はお線香ってなるんですよ。

        

    でも、お線香そんなにいらないんです。売っててあれなんですけど。いらないんですよ。で、お花って言っても、そこまでね、もう大変ですし。

        

    お菓子・お饅頭っても、これもまた、食べきれなかったりとか、まあ、皆さん配ったりとかするんですけども、大変なんですよね。

        

    で、それもでも何かをしてあげたいっていう気持ちをやっぱ汲んであげられることが香典をいただくってことなんですよ。

        

    そうすると、やっぱお金になったら、やっぱ受け取りやすいですし、渡しやすんです。で、気持ちも渡したことにもなる。それを受け取ることによって、供養の1つにもなるので、香典をいただく。

        

    じゃあ自分が、葬儀に行きますっていう側になった時は、これまでの感謝の気持ちを込めて、ご香典は渡したいなって、思いますよね。その気持ちを汲んであげるってことがやっぱり供養になると思うんです。

        

    めんどくさいがどうしても先立つんですけども、だけど、それをまた今度、四十九日かけて、ご葬儀を終えて、香典をいただいた方のリストを整理するんですね。

        

    その整理をする時にですね、本来、まあ、お返しのものっていうのは、仏事に関することってのは消耗品をお返しするんですね。

        

    結婚式とか祝いは残るものなんで、まあ、よくあるのが例えば洗剤とかタオルとか、食べるものだったりとかするんですけども、これを、四十九日の間にですね、ご香典いただいた方のリストを整理しながら、この方の家庭はどういう家庭、例えば子供が多いから、子供が小さいからお弁当が多いんじゃないかな。そしたら、海苔が助かるんじゃないかなとか。タオルがたくさんあったら助かるんじゃないかな。

        

    これ考えることが1つ供養になるんですよね。

        

    それを選んで、整理している時っていうのは、そこに集中するので、悲しい気持ちとかを少し横の位置というか置いて、そこに没頭することによって、作業というか、悲しみをちょっと和らげることにもつながってはくるので、めんどくさい作業なんですけども、そういう作業を作ってくれてるんですね、お返しっていうのは。そこまで結構意味が深くてですね。

        

    で、相手の気持ちを汲んであげて、いただいた金額に対してお返しを考えることで、相手に感謝の気持ちが生まれ、で、自分の悲しい気持ちとかを少しちょっと和らげる作業としてそういうような行動を起こす。っていう風になってるんですね。

        

    生活(いきかつ)セレクトアドバイザーっていうか、皆さんに、今のこと香典のことだったりとかですね、仏事に関することも含めてですね、今の置かれてる状況だったりとか、いろんな悩みとか、そういうのを1つ自分のなかで、プラスに持っていけるきっかけを、僕が知ってる限りできる限りのことを、情報を伝えていきたいなと思ってって名前をつけました。

        

    多くの方が、「毎月聞いてます」とか、「楽しみにしてます」って、こういう言葉って、ね、こういうラジオに出さしていただいてなかったらいただけなかったことなので、本当にありがたいなと思って。なんかこう親近感というかですね、あの、対面で言われるとすごく嬉しくて。

        
  • ごうちゃんが「気づいたこと」について<タップで内容表示>
           
      

    【ごうちゃんが「気づいたこと」】

      

    大切な人を思い出す回数が少なくなってくることは素晴らしいこと。

    大切な人を想うことは大事なことですが、亡くなった方がずっと想うことを願っているのか?今を生きてくれることを願っているのではないか?

    亡くなられると故人に対して「悲しみ」「苦しみ」というのは、辛い思いをするかと思います。その状態を抱えたままだと、故人もこの世から離れがたくなってしまうのではないか?しかし、お互いに次へ歩んでいかなければいけない。

            

    この次へ歩んでいく自然の流れが故人への思いやりに。

    例えば、輪廻転生があるとするならば、次の世界・次の段階に向かうためには、こちらも故人に対して

    よい状態に向かうように歩んでいく自然の流れをつくってあげることが大切。

      

    どうやって自然の流れをつくるか?

    自身が、「今を生きること」

            

    「念」という漢字を知っていますか?

    ○常に心の中を往来しているおもい
    ○気をつけること。
    しかし、「今(いま)」「心(こころ)」と書きます。

            

    「今をどう生きるか?」ということを考えることが大事。

    今を生きていれば、「先(未来)」「後「過去」」も関係ない。

            

    向かってくる先(未来)に対して、今を生きるという積み重ねをしておけば
    「自分がやるべきこと」「自分のできること」はなにか?ということを意識すること。

    「夢」や「目標」

    自分が見ている前(目の前)ではなく、上(真上)にある。という意識を持つこと。

    夢や目標が上(自分の真上)にあると意識したときに
    足元から積み上げて到達する。
    日々のことをコツコツと積み重ねていく。という意識に変えることで、考え方が変わります。もし、辛くなって、下を見ても自分が積み重ねてきたことがわかることで、もう一度、夢や目標・上を見ることができます。

        
  • 「線香の香り・におい」について<タップで内容表示>
           
      

    【「線香の香り・におい」について】

            

    ごうちゃんの「照らすこころ」番外編

            

    線香の香り・匂い。あなたはどのように感じていますか?

            

    ごうちゃんの実家での話
    母が、倉庫の中に雨の日とか洗濯物干すと、僕らもその中に生活してるからわからないけど、学校にいくと線香くさいとずっと言われてました。

            

    今だったら言われないかも。お家にお仏壇とかなかったら、お線香の匂いって嗅がないし…。

            

    今は、昔ながらの香りは好まれてないというか、嫌われてる傾向にあるので、コーヒーの香りもありますというのもあります。お香の香りがいいっていう人、やっぱりそれがくさいっていう人というので。

            

    でもその臭いっていうのは、線香にも、優しい香りからちょっときつい香りとかにおいの段階があります。どういう背景で嗅いだかっていうのも関わってくるかもしれないです。僕はお寺さんからすると、どのお線香がいいかとかいうのは、まあ、香木(こうぼく)の香り。少し値段が高めで、それも段階があります。本当に混ぜものが少ない伽羅(きゃら)は、高いです。そこは特別なもので、こういう香りが仏様には、ご馳走とは言われてるんです。

            

    今では、線香の香り・においは、花の香るラベンダーだったり、桜とかすずらんとかいう香りがあったり、中には、無香料もあったり。煙が少ないっていうタイプも。いろんな香りがあって、でも一番は香木(こうぼく)の香りを使うのが一番いいんです。

            

    線香を選ぶポイントとしては、自分の気持ちが落ち着くための香りが一番いいんです。その香りを買うことによって、自分の気持ちが落ち着くのであれば、仏さんも多分喜ぶと思います。

            

    上の世界にいった時に、残された人がどういう風になってほしいか。って思うんですね。平穏無事で浮き沈みの少ない日常生活。これが多分一番じゃないですか。

            

    仏壇などで、日常生活の報告をするとしたら、今日も一日ありがとうっていう言葉とで、自分の中でお線香を焚いて、好きな香りを気持ちで落ち着かせて拝む方がいいと思います。

            

    ろうそくの炎っていうのは1/fのゆらぎって言うんですけど、不安定なんですよ。

            

    人間の心も不安定なんですよね。ろうそくの炎を見ていると気持ちが落ち着くという方、1/fの揺らぎの法則があって、それが自然と自分の心にあってくるんです。だから気持ちが落ち着く。また、ろうそくは向こうの世界の明かりとも言われています。

            

    自分にとってはそういう心を落ち着かせるための作用がある。で、好きな香りでお線香を立てる気持ちが落ち着くとは、向こうの世界の人は?嬉しいんじゃないか。全部今までは押し付けられてきてるんで、こうしないといけない、ああしないといけない。

            

    その反発が今結構いろんな場面で、仏教とかいろんなことに限らず、日常生活に出てきてると思うんですね。その反発は今までの押し付けがあった分。それをなくしていくっていうような形が、まあ今の時代なのかなと思うので。

            

    私たちも心穏やかに生きていって、そして仏様も幸せにっていう、そんな世の中がいいですね。

        
  • 「生活」「いきかつ」について<タップで内容表示>
           
      

    【「生活」「いきかつ」について】

      

    終活は聞いたことがあるかと思います。

    終活も素晴らしい考え方ですが、終活とは

    自分の最後に向かって同時にどう整理していくか
    言葉が終わる活動っていう形なので、後ろ向きになってしまうので「生活」「いきかつ」

            

    【生活(いきかつ)の定義】

    人生の最後までを楽しく生ききる。来世にいい状態でつなぐこと。

      

    来世、生まれ変わり、輪廻天生があるとしたらですね、僕はあると思ってますけども、やっぱりスタートライン。

    来世、今度生まれる時にはいいスタートラインがいいなと。

    肉体が借り物と言われてるので、借り物に感謝して、その後に魂だけは残るので。今度の生まれ変わりの時にはいい状態で、つなぎたい。そういったことを勉強したり、行動するためには、そういう環境が必要だと思っています。

            

    【生活(いきかつ)の環境づくり】

            

    今は月に一度ら~ふの学校というイベントのような形をやっています。

    ら~ふの学校というのは、生きる、活きる、逝きる3つのいきる。

    ○まず、この世を生きるのいきる
    ○活動のいきる
    ○あっちの世界に逝くのをいきる

    「らーふ」とは? 英語のlaugh で「笑う」なんですけど、笑う学校。
    「人生を生きる」んじゃなくて、「生ききる」っていうことが大切なんだなと思って。
    自分が最後に向かうことは怖いことではなくて、楽しみに思えるような状況をどう作っていくか。

    生活(いきかつ)セミナー
    (2025年)5月3日の土曜日 14時(午後2時~)20名限定です。

            

    なんとなくの生き方をやめませんか?

    でも、なんとなくもいいんですよ。
    ゴールがあって、いろいろ意識しながら、時になんとなくっていうか、手放すっていうことも必要だったりするので。
    いろんな今の執着だったりとか、いろんなことを手放していけたりとすると、心が楽になってくるので。

            

    なんとなく生きて、後悔をなんとなくしていくんじゃなくて、納得できる生き方。

            

    みんなでね、ガッツポーズしてね。
    残された方もなんか笑うんじゃないかなと思って。

        
  • 死について<タップで内容表示>
           
      

    【死について】

    「死」について、普段みなさん考えたことがありますか?

    「死」というのは、怖いですか?

    ポイント:死は、寿命が決まっていると言われています。
    でも、死に方は決まってないとも言われています。

    生き方によって変わります。
    考え方や意識の持ち方をしっかり持っていれば
    おそらく、穏やかな死を迎えることができると思います。

    「死」というのは、どうしても怖いイメージがある。
    怖いというイメージを考えたくないから目を背けるため
    もし…というときに後悔であったり、色々なことを考えてしまう。
    ということは、日常生活から「死」に対して意識した生活を送る必要があると思います。ここはスタートライン。

    他人もしくは、大切な人の死に関しては、この人がいなくなったら…ということは、考えることはできるはず。

    ただ、日常生活で「死」について考えようとしても難しい。「死」というものを何かに置き換える・とらえ方を変える必要があります。

    死=愛に変換する。愛する「愛」です。
    大切な人が亡くなることというのは、最期の「愛」だと思っています。最後にくれる愛「ギフト」
    私たちは、何をしなければならないのか?と言えば、「生きている間に残される人たちに自分の愛を最後に気づいてもらう生き方」をしなければならない。

    生きている間に伝える愛は、絶対に伝わらない。
    自分がいなくならないと伝わらない愛。
    自分が亡くなるまでのその間に、子どもであったり、家族であったり、友人、みんなに自身の伝えたい愛を行動に。
    最後の「愛」=生き方

           

    大切な人を亡くされた方は、その大切な人が何をしたら喜ぶのか?というのを考えると、自分の生き方が変わってきて、それが、生き甲斐になってきて、生きることが楽しくなってくる。

    大切な人が亡くなった方達、全てがこの考えに!とはなかなか難しい。

    アドバイスとしては、まずは、「受け入れる」
    ・自身をどうにかしなければならない!と思わないこと。
    ・立ち直らなければならないという考えをしないこと。
    ・日常生活に戻らなければならないと考えない。

    グリフ(悲嘆)悲しみの深い状態では、何も変えることができない。

    とりあえず出来ること
    寝て・起きて・食べれるときに、食べて。無理して食べる必要はない。※水分は必要です!

    近くにいる人たちは、無理に励まさない。
    声をかけたくなるが、何も話しかけなくても、一緒にいるだけでいい。「与えるが先」なので、近くにいる、横にいる人は、待ってあげると。この期間は必ず必要です。
    ずっと暗闇にいるわけではない。明かりをみつけるまで(自身が行動するまで)待ってあげる。

    普段から使えるエピソードとして、「日本語って素晴らしい」ということ。
    50音「あ・い・う・え・お」は、素晴らしい。

    最初の二文字は、「あ・い」
    最後の二文字は、「を(お)・ん」

    「あ・い」ではじまって「を(お)・ん」で終わる。
    「愛」で始まって生きてきて、最期は、「恩」で終わる。
    普段から「恩」をどうやって返していくか。
    50音で人に攻撃をすること、されることがあると思いますが。
    あなたは、どうゆう生き方をしますか?

        
  • 運のつけ方とは?<タップで内容表示>
           
      

    【運のつけ方】
    ポイント:運は、運が良いか悪いかっていうのは自分で決めることなんです。
    自分は「運がいい」というところからスタートしてるってことを気づいてほしい

    お母さんの参道を通って、選ばれて生まれてきたっていうこと。
    人間として生まれたこと。
    まず運がいいっていうこと。
    日本人として生まれたこと。
    食糧難の地域もありますし、戦争している地域も、民族紛争もある中で、今の日本は穏やかですもね。そりゃあの嫌なことを数え上げればきりはないですけど。幸せなことですよね。
    今こうして生きてこれてることっていうのを、振り返れば、「運がいい」っていう。
    まあここはスタートライン。

    どんな環境であっても「運がいい」という意識をしないと。運っていう扉は開かないと思うんですね。

    自分で扉を閉めているというか、運が悪い扉をは開けやすいんですよね。「運が悪いんだ」と言えば気が楽になりますし。「運がいいんだ」っていうことを言うことは、扉重たいので、扉を開いていくっていうことを知っていかないとどんどん開いていかないですよね。
    日々の、練習というかトレーニングが必要になってくると思うんですね。

    いわゆる捉え方
    運が悪い→私は運がいい
    言葉を変える=マイナスな言葉は言わない。
    基本的には悪口を言わない。不平不満、愚痴、悪口。そういったことは言わないっていう。自分たちにとってはやっぱり運が良くなってくる。プラスの言葉ばっかり発する。心の中が違うんですよ。当然だけど、言葉だけを変えていくとか。

    ゴミ拾いをする
    常に笑顔でいる
    トイレ掃除をする
    拭き掃除

    希望の入社できなかったからとか、会社にとか、受験でできなかったという方は、今それでよかったと思うんですね。基本的にそこを受からなくて、皆さんにとってそういった形になったということは多分「違う方向だよ」って教えてくれてると思うんです。
    他の方向に道が開けてるんだよ
    そこに気づいたら、もっと今の違う人生の「運がいい扉」が開いてくると思うので、「こうじゃないとダメ」っていう意識が強すぎると、重たい重たい扉になってくると思うので、その辺をちょっと意識していただきたいなと僕は思ったりします。
    「思ってる方向じゃない、道が開けた」これは、「ラッキー(運がいい)」っていうふうに思って行動してほしいですね。

        
  • 流れにまかせるとは?<タップで内容表示>
           
      

    【流れにまかせる】
    ポイント:これまで、努力・頑張る・必死で生きてきた時代の中、自分を追い込んでしまうことにつながっています。
    流れにまかせる方が、本来は一番いい。追い込まれる状況になると現状を打破するために、「勉強・知識」を得ようとすると思います。「勉強・知識」・手探り状態で間違えた選択をすると良くない方向へ行きがちです。

    その中での気付き・きっかけは、「努力をしない」「頑張らない」「必死にならない」ということ。一つずつ意味があって
    「努力をしない」…努力をすると反発するエネルギーが生まれるため、色々なことが反発し始めるため、努力をしない。
    「頑張らない」…神経を張っている状態だと体に影響を受けやすいため、苦しくなる・病気になる傾向にあるため、頑張らない。
    「必死にならない」…必死になると文字通り。必ず・死にます。死にたくないので、必死にならない。
    一番心が楽な状態である必要があります。

    世の中で努力・頑張る・必死になっていると評価される方
    おそらく本人は、努力・頑張る・必死ではないと思います。
    楽しくてやっていること。「苦」ではないはずです。
    楽しいことを探していることは、努力・頑張る・必死と結果につながって見えているということ。
    日本人の特徴として、耐え忍ぶことが美化されがち。
    楽しさを見つけていくことが大切。

    自然の流れというのは、よく川の流れに例えられますが
    努力しようと上流へ向かって一生懸命流れに逆らい・立ち向かっていく。
    もがいている状態よりも、下流にものの答えがある。
    下流に流された方がいい。流されていると川の中心に一本通る道があり、
    そこにはいれば、スムーズに物事が進む。

    努力・頑張る・必死が捨てきれない
    これは、「執着」になります。
    ○○をしなければならない。という気持ちは、苦しい状況を自ら生み出してしまう状態になります。
    嫌なこと苦しいことは、自然とやってくる。
    楽しこと嬉しいことは、自分から迎えにいく。
    「執着」は手放していくことが大事です。
    心を軽くして、楽になれます。

        
  • 番外編 ~仏壇じまい・墓じまい~について<タップで内容表示>
           
      

    【仏壇じまい・墓じまい】

    仏壇じまい・墓じまい。あなたはどのように考えていますか?

    仏壇じまいってお家から仏壇をなくしたい?もう全部片付けますって結局全部一緒です。墓も片付けて。結果的にえっと墓じまいって、「子供に迷惑かけたくない」からていう。

    長男とか子供さん息子さんいらっしゃったら後を継いで。ただ今、昔とそういう後を継いでいく形態が変わってきてるので、その中で仏壇じまい・墓じまいっていうのをしても後を継ぐていう形なんですけども、本来はそれを引き継ぐんですけど、子供に迷惑をかけたくないってのがあって、でも、「子供に迷惑をかけてください」って話をするんですよ。

    子供を迷惑をかけるっていうことが経験になるんで、それが逆に「愛情」なんですっていう話をよくさせてもらうんですけど、皆さん、「愛情」のかけ方が、分からないから、楽にしといてあげた方がいいっていう風に。楽じゃなくて全部が全部じゃないけども、「10」あったら、「3」こっちでしといて、「7」を迷惑をかけた方がいいですよっていう話をさせてもらってます。

    そうすると、考えて、自分でどうしようか?っていう判断を任せる。責任が生まれてくるんですよ。自分たちが代々繋がってきたっていうことも意識に向けれるので、そこを考えましょうってこと。

    「円満な」っていうのは、仏壇じまい・墓じまいって、言葉だけで言うんですけど、円満なっての僕はつけてるんで、その人その人に合ったやり方ってのがあるので、人によったらね、親子関係があんまり良くない人もいれば、基本的には皆さん親子関係で話してない人が多い。

    お父さんお母さん進めていることも多いです。ここで、案外話をすると子供さんって、要望もあったりするから、その「きっかけ」っていうのがこういう形だったりとかするから、だから、それを要望を聞いて僕が、今後どういう風にした方がいいかっていうのは、経験上からの分で分かるので。これはもう相談せずに行きましょうとか、相談した方がいいですよとかっていう形を取って。

    特には仏壇も逆のパターンもあって、「仏壇を子供のために買っとく」って言うんですけど、今すごい変わってきてるんで、仏壇の形も変わってきてます。大きくも小さくもなってきてるから、まず息子さん相談してください。「必要ない」と言われることも考えてほしい。僕らもいやぜひって言ったら、売上がるんですけど。1回帰ってもらうんですよ。

    1回帰ってもらって話をしてもらったらそこで「会話」ができるから。やっぱお父さんお母さんって子供さん会話したいんですよね。会話したいけど、勝手に決めつけて動いてるから、もう聞いてくれない。と思ってるけど。そこのつなぎっていうのもこういうことで、できるよってこと。家族関係というかそこで色々と、仲良くなるとわけないですけども、話のきっかけできて会話が増えてくるので、良かったっていう方の声は多いんですね。

    だって、仏壇じまい・墓じまいも円満なをつけたとしても、死に向かっていくことなわけですから、親と面と向かって話すことって難しいですけど、円満な仏壇じまいの話だと、マイナスじゃないなって感じます。

    今の時代に合わさないともいけないですし、昔からのことも大事にしないといけないので、そのバランスっていうのをどうとるのか。という点が1番大事かなとは思います。

    こういうことを相談にのれる。生きの「生活セレクトアドバイザー」

    判断できてアドバイスできる人たちを増やしたらいいかなと思ったりして、カウンセラーっていうのがあるんですよ。終活って、結果的には、すごい中身も素晴らしいことなんですけど、言葉が後ろ向きなので、生活(いきかつ)で全部アドバイスできたらと。

        
       

歩螺里(ぶらり)とは、歩く(あるく)・螺(回る)・里(みちのり)と漢字の意味合いから。
ごうちゃん(幡司剛成(はたしたかのり)さん)と歩きながらゆったりとした気分で一緒に散歩しませんか?

※ビデオポッドキャストとは、ポッドキャストは、音声をインターネット上で楽しむコンテンツですが、映像としても楽しめるように作られたのがビデオポッドキャスト。映像を見るまたは、音声のみとどちらでもお楽しみいただけるように制作しています。

ごうちゃんの歩螺里(ぶらり)旅 「蔭凉寺」編

今回は、ごうちゃんと蔭凉寺へ。

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ごうちゃんの歩螺里(ぶらり)旅 「足つぼ」編

今回は、ごうちゃんが足つぼ体験。

Spotifyでも公開中

  

ごうちゃんの歩螺里(ぶらり)旅 「墓掃除」編

今回は、ごうちゃんと墓掃除に行ってきました。

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ごうちゃんの歩螺里(ぶらり)旅 ら~ふの学校「苔テラリウム」づくり編

「小さな苔やさん」は、兵庫県加古川市にある苔テラリウム専門店
手軽に苔の世界を楽しめる人気のお店です

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ごうちゃんの歩螺里(ぶらり)旅 金川病院編

岡山市北区御津金川
地域包括ケア病棟30床の病院です
2012年に開設され、「今、あなたに、信頼される病院」を理念に、急性期後の患者さんの在宅復帰支援、地域医療への貢献、多職種連携、リハビリテーションに力を入れています

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ごうちゃんの歩螺里(ぶらり)旅 龍泉寺編

岡山市北区下足守
龍王池を八大龍王の御神体としてお祭りしています
一般の方も、滝行を体験できます

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ごうちゃんの歩螺里(ぶらり)旅 國神社編

岡山市北区三門中町
階段を上り、拝殿からは、岡山市街を一望できる

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RinNe-生まれ変わる仏具たち- 2024年10月24日~28日

会場 ルネスホール金庫棟ギャラリー

お役目を終えた仏具たちが職人やアーティストの手により作品として・インテリアとして彩り豊かに甦ります。

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